「イザークさん」
 ドアのすきまから、キラが顔をのぞかせる。
「それに、ディアッカさんも」
 さりげなく付け加えられた言葉に、ディアッカが苦笑を浮かべた。
「俺はおまけか?」
 そのまま、彼はこう問いかけている。
「そういうわけじゃ、ないです」
 慌ててキラは首を横に振ってみせた。その様子が可愛らしかったからか。ディアッカは楽しげな笑いを漏らす。
「冗談だって。で、何だ?」
 笑いながら言っても逆効果だろうに。
 そう考えて、イザークは反射的に彼の後頭部を殴りつけていた。
「ぐぇっ!」
 そのまま前のめりに倒れて行く相手には早々に興味を失う。と言うよりも、この程度でどうなる相手ではないとわかっているのだ。だから、安心してぶん殴れるとも言える。
「……イザークさん……」
 そんなことは知らないキラは、目の前で起きた事態に目を丸くしていた。
「気にするな」
 この程度は日常だ。キラを安心させようとこう付け加えたのだが、逆効果だったらしい。
「ディアッカさん、大丈夫ですか?」
 ディアッカの顔をのぞき込もうとするかのようにキラはその場にしゃがみ込む。そして、こう問いかけている。
「あ……あぁ」
 迂闊な言葉を返せば、イザークの怒りを買うことはわかっているのだろう。そのあたり、伊達に長い付き合いではないのだ。
「このくらいは、いつものことだから。あいつ、不器用だからさ」
 力の加減がわからないみたいでさ、と付け加えている彼は、自分が墓穴を掘っていると気付いていないのだろうか。そのあたりは、後でしっかりと話をしないといけないだろうな、とそう心の中で付け加える。
「……それよりも、用件は何だ?」
 しかし、今感じている感情をキラに向けるわけにはいかない。そう判断をして、それを押し殺す。
「あ……」
 そうだった、とキラはその体勢のままイザークを見上げてくる。
「……ちょっと、買い物に行かなければいかないのですが……シンもレイ君もいなくて……」
 でも、一人で外出をするなと言われているし……とキラは小さなため息をつく。
「それはしかたがないな」
 セキュリティを構築したキラが掴まれば、データーは盗み放題だろう。それがわかっているからこそ、他の者達はそう言ったのではないか。
「別のゼミの友人……とも思ったんですけど、今、あちらは実習期間なので、レポート地獄じゃないかと……」
 事情がわかっているだけに、声をかけるのもはばかられる……とキラは付け加えた。
「イザークさん達も大変じゃないか、とは思っていたんだけど……デュランダル先生が『大丈夫だから』とおっしゃっているし……」
 だから、確認に来たのだ……と彼は身を縮こまらせた。
「そう言うことか」
 確かに、キラを一人で歩かせたくない。本当であれば、デュランダル自身が付いていきたいと思っていたのではないだろうか。
 それが出来ないからこそ、自分たちに声をかけるよう促したのではないか。
 それだけではない何かを感じるが、自分にとってもマイナスではない。だから、あえてその思惑に乗ってやろう。イザークはそう考える。
「俺は構わないぞ。ついでに、そうだな……途中でお茶に付き合ってくれ」
 キラのお薦めの店を教えて貰おう。そうも付け加える。
「それは構いませんけど」
 でも、本当にそれでいいのか。言外にこう問いかけてきた。
「なら、頼む」
 そう言ってイザークは微笑む。
「……俺は遠慮しておいた方がいいか?」
 体を起こしながら、ディアッカがこう言ってきた。
「どうしてですか?」
 訳がわからない、と言うようにキラが小首をかしげてみせる。もっとも、それはイザークも同じ事だ。
「いきなり、何を言い出すんだ?」
 だから、彼もまた問いかける。
「……デートの邪魔をすると、馬に蹴られるかなって思っただけだ」
 さらりとこんなセリフを返してきた。その言葉に、キラの頬が一瞬で染まる。
「……デートって……」
 そんなつもりじゃ、とキラは慌てて口にした。その反応を、どう受け止めればいいのだろうか。
「ディアッカ……」
 ともかく、そのせいでキラが妙に自分を意識してくれるのは面白くない。いや、自分から離れて行かれるのはいやだ。
 だからこそ、好意の意味をあえて気付かないふりにしていたのに。そう考えれば、怒りもわいてくる。
「お前は一言多いんだよ!」
 言葉とともに思い切りその背中を蹴飛ばしていた。
「ぐぇっ!」
 何やら、妙な声が彼の口から漏れたようだが気にする気にもならない。
「と言うことで行くか」
 これの言葉は存在ごと無視していいから。そう付け加えれば、キラは微苦笑を浮かべてみせる。
「で、何を買うんだ?」
 こう問いかけながら、彼に歩み寄っていく。その際、思い切りディアッカを踏みつけたのは言うまでもない事実だった。