「落ち着いたか?」
 本当ならばコーヒーの方がいいのだろう。しかし、自分が飲まないために、ここにはそれが常備されていない。代わりに濃いめに淹れたイングリッシュ・ブレックファーストを差し出しながら、こう問いかける。
「すみません……」
 カップを受け取りながら、キラはこう言葉を返してきた。
「気にするな。あの光景は流石にショックだった、と言うことだろう」
 そういう状況であれば、心が弱って当然だ。そういって微笑んでみせる。
「だから、何でもすぐに謝るのはやめておけ」
 だからといって、して貰って当然という態度ではいけないのだろうが。そうも付け加える。
「でも……」
 起こしてしまったから、とキラは小さな声で付け加えた。
「そっちの方か」
 そちらも気にするな、とイザークは笑う。
「別に、起こされて不快ではない。むしろ、お前が魘されているところを見ている方がいやだったな」
 だから、謝るな……と口にしながらそっとキラの頬に触れた。予想以上に滑らかな感触が指先から伝わってくる。
 そのまま、もっと触れていたいと思う欲がわき上がってきた。
「……嫌な夢でも見ていたのか?」
 それを押し殺しながら、こう問いかける。
「……はい……」
 一瞬のためらいの後、キラが頷いてみせた。しかし、その表情から、本当は知られたくないのだと考えていることが推測できる。
 本来であれば、そういう相手に無理強いをするつもりはさらさらない。
 しかし、キラのことであれば何でも知っていたいと思う。
 そんな己の考えに気付いたとき、イザークは自分が彼にとっての《特別》になりたいと思っているのだとわかってしまった。
 任務など関係ない。
 自分自身として、彼を守りたいと思うのも、その気持ちが原因だろう。
 しかし、その《特別》がどのような意味なのかまではわからない。
「嫌な夢は、他人に話すと消えると言うぞ」
 それでも、いずれ自分の目の前に突きつけられるのではないか。
 イザークはそう考えながらも内心とは違う言葉を口にする。
「……これは、忘れてはいけないことだから……」
 だが、キラは小さく首を横に振るとこう言い切った。その様子が痛ましく思えるのは何故だろうか。
「そうか」
 おそらく、まだ話しても大丈夫だと思われていないだろう。顔を合わせるようになったばかりだからしかたがないのかもしれない。しかし、それが悔しいとも感じる。
「いつか……話したくなったときに聞かせてくれ」
 それでも微笑みを浮かべられた自分をほめてやるべきなのか。そう考えながら、そっとキラの頬から手を放す。
「ともかく、それを飲んでしまえ。それから、デュランダル博士の所に行こうか」
 話し合わなければいけないことが山積みだろう、とそう付け加える。
「体力仕事はディアッカとシンが戻ってきてからでも大丈夫だろうからな」
 と言うより、あいつらにさせるのがいいか……と明るい口調を作りながらキラの顔を見つめた。
「……シンはともかく、ディアッカさん?」
「あいつは、そういうことに関してはマメだ」
 手際もいいからな、と笑う。
「それに、本人が確認しないといけないこともあるだろう?」
 シンの荷物に関しては、と付け加えれば、ようやくその事実を思い出したのか。
「そうですね……」
 ため息とともに小さく頷いてみせる。
「ともかく、それを飲んでしまえ。冷めるとまずいぞ」
 どうせなら、おいしいうちに飲んで欲しい。そう付け加えれば、キラは小さく頷いてみせた。
 その事実に安心をして、自分もまたカップに口を付ける。
 少し冷めてしまったが、味は悪くないと思う。
「……おいしい」
 キラの呟きが耳に届く。その一言だけで嬉しく思えたのは、きっと、自分が彼に抱いている感情の根底が《好意》だからだろう。
 それがどの方向に転ぶのか、今はまだわからない。
 だが、嫌われたくない、と思う。せめてこの距離だけは保ちたい。
「それは良かった」
 今まで、こんな風に思った相手はいなかったのに、キラにはどうしてそう感じてしまうのだろうか。そう思いながらも微笑みを向ける。
「今度は、別のものも淹れてやるよ」
 さらに付け加えれば、キラはふわりと微笑んでみせた。
「その時には、ケーキも用意しておいてやろう」
 何がいい? と問いかければ、キラは首をかしげる。
「その時には、僕が用意をしますよ」
 おいしい店も知っているから、と彼は続けた。
「前に、友達とスイーツ食べ歩きをしていたし」
 その言葉に、イザークは頷いてみせる。
「楽しみにしている」
 言葉とともにさらに笑みを深めた。