精神的に疲れていたのか。キラは早々にダウンしてしまった。
「……まぁ、ここにいる方が何かあったときに対処しやすいからな」
 そっと、布団を直してやりながらイザークはこう呟く。
「やっぱ、目標は《キラ》だってことか」
 本当に、とディアッカはため息をついてみせた。
「キラが作ったというOSがどれだけの完成度なのか、実物を見ないとわからないが……デュランダル博士もそれが関係している可能性は高いだろうとおっしゃっていたからな」
 それを使って何をしようとしているのか。考えなくてもわかってしまう。
「ともかく、戦争だけは避けなければいけない」
 そして、キラの技術が使われることも、だ。イザークはきっぱりと言い切る。
「それに関しては賛成だな」
 だけど、と彼は微苦笑を浮かべた。
「本当に、どうしたのよ、お前」
 今までとはずいぶんと違う反応じゃねぇ? とストレートに言葉を投げつけてくる。
「……わからん」
 そう。自分でもどうしてあんな行動をとったのか、いくら考えてもわからないのだ。
「ただ……キラを連中に渡すつもりはない、というのは本音だがな」
 それどころか、誰にも渡したくない。そんな風にも考えてしまう。
「まぁ、それは基本だろうけど……」
 それさえクリアしていれば、任務的には問題ないんだろうが……と彼は小さなため息をつく。
「お前、本気でそれがどの感情が原因なのか、気付かないと……最後に後悔する羽目になるぞ」
 それこそ、意味がわからない。
「何が言いたい?」
 言いたいことがあるなら、はっきりと言え。イザークはディアッカをにらみつけながらこう口にする。
「自分で気付かないと意味がないってことだ」
 しかし、こう言って笑うだけだ。
「……貴様……」
 それが気に入らない。
「だけど……これだけ直接的な方法を使ってくるとは思わなかったよな」
 話題を変えようとするかのようにディアッカはこういった。
「寮のセキュリティについて、デュランダル博士に確認してみた方がいいかもしれないな」
 必要があれば、自分たちが手を出してもいいだろう。もっとも、それ以上に、キラが手を加えた方がいいのかもしれないが。
「明日になればシンも戻ってくるしな」
 それはそれでうるさそうだ。この言葉に、脳内にシンの反応が克明に描き出せる。
「否定できないな、それは」
 確かに大騒ぎをしてくれるだろう。
「もっとも、キラに被害が及んでいないから、自制は効くだろうがな」
 それだけが救いだろうか。イザークはため息とともにこう続ける。
「否定できないよな、それも」
 と言うわけで、寝るか……とディアッカはさっさとソファーに体を横たえた。それにつられるように、イザークもまたディアッカのベッドに移動をする。
「……おやすみ」
 そして。この言葉とともに目を閉じた。

 しかし、その眠りもすぐに破られてしまったが。

 キラが魘されている。そう認識をしたのは、その声が聞こえてきてからしばらくしてのことだった。
 じぶんのものでも、ディアッカのものでもない声。
 それが誰のものか、思い当たるまでに数旬かかってしまったのだ。
「……キラ……」
 だが、わかった瞬間、イザークの意識は即座に覚醒する。
「どうした?」
 跳ね起きると、即座に彼の側に駆け寄った。そして、その肩を揺すりながらこう声をかける。
 しかし、彼はその手から逃れようとするかのように身じろいだ。しかし、体が眠っているのか、その動きは小さなものだ。
 だが、それと反比例するかのようにキラの顔に苦渋の色が深くなっていく。
 唇が、何か言葉を綴ろうとしているかのように小さく震えていた。
「……ごめん、な、さい、か?」
 何を謝っているのか。
「ともかく、このまま夢を見せておくのは危険だな」
 強引にでも起こさなければいけない。
「起きろ、キラ!」
 先ほどよりも大きな声で彼の体を揺する。
「起きないと、キスをするぞ!」
 さらにこう付け加えてしまったのは何故なのか。自分でもよくわからない。
「キラ!」
 さらにこう声をかけた。
 それが功を奏したのだろうか。キラのまぶたが小さく震えた。そして、ゆっくりとまぶたの下からすみれ色の瞳が現れる。
「起きたようだな」
 ほっとしたようにイザークは声をかけた。
「……僕……」
「魘されていたから、起こしただけだ。気にするな」
 それとも、キスで起こして欲しかったか? と付け加えたのは、先ほどの言葉が彼の意識に残っている可能性があるからだ。
「それは……」
 しかし、こう言ったのは自分がそうしたかったからなのか……とキラの顔を見つめながら心の中で呟く。
 それはどうしてなのだろう。
 その答えは、手が届くところにある。だが、それを確認したくない……と心の中で呟いている自分がいることを、イザークは自覚していた。