あれこれ、しなければならないことが多くなってきた。
 特に厄介なのはレポートかもしれない。
「……追い出されるわけにはいかないからな」
 それなりの成績はとっておかなければいけないだろう。しかし、肝心な資料が見つからない。
「そういえば、図書館はどこだった?」
 思い出そうとしてもすぐに思い当たるものがない。と言うことは、説明を受けていないと言うことか。
「……キラがいてくれればいいが」
 場所を聞くだけならば手間をとらせないだろう。そう思いながらも、彼の部屋へと足を向ける。
 だが、後僅かで彼等の部屋にたどり着く、と言うところでイザークの足が止まった。
「ケンカ、か?」
 キラ達の部屋の中から物音が響いている。その事実に、一瞬、そう考えたのは、当然のことではないか。
 だが、とすぐに思い直す。
 あの、キラ至上主義とも言えるシンが口論程度ならともかく、ここまで物音を出すようなケンカをするだろうか。
「と言うと、別の理由か……」
 いったい何が、と思いながら、気配を消して歩み寄っていく。
「イザークさん?」
 だが、背後から予想外の声がかけられた。
「キラ!」
 と言うことは、中で起きている物音の原因は彼ではないと言うことになる。後残されている可能性は二つか。
「……シンが暴れているのか?」
 その中の一つ、無難な方を口にしてみる。
「シンは……今日は泊まりだって言っていたよ?」
 ゼミの都合で、とキラは言葉を返してきた。その顔が不安で彩られている。
「と言うことは、どこかの馬鹿者か」
 目的はやはり《キラ》か。それとも、彼が持っているであろうデーターか。
「……どうしよう……」
 彼も同じような結論に達したのだろう。不安そうな視線を向けてくる。
「とりあえず……部屋の中に大切なものはあるのか?」
 それによってとるべき対処方法は変わってくるが、とイザークはキラに問いかけた。
「僕の方は特に……重要なデーターはいつでも持って歩いているし、お金やカード類もそうだから……」
 本ぐらいかなぁ、と彼は首をかしげる。
「シンも、そうしていると思うけど……」
 でも、どうだろうか……と彼は付け加えた。
「……そういう約束なら、持っていない方が悪いと言うことにしておけ」
 とりあえず、賊は中に閉じ込めておくか……とイザークは口にする。
「デュランダル博士に連絡を取って、警備員を回してもらうのがいいだろうな」
 うまくいけば捕まえられるだろう。
 それでなくても、キラを危険にさらすことはないはずだ。
「……その間に逃げられたら……」
「可能性はあるが、だからといって下手に踏み込めばこちらが危険にさらされる可能性があるぞ」
 自分一人であればいくらでも対処できる。しかし、キラを守らなければいけないとなれば、自分だけでは厳しい。
 それを認めることは不本意だが、自分の矜持を優先して守らなければならない対象を傷つけては意味がないだろう。
 もちろん、キラの前で賊を捕まえていいところを見せたいという気持ちがあることも否定できない。
 だが、今、自分が優先すべきなのは間違いなく《キラ》だ。だから、この判断で正しいはず……とイザークは自分に言い聞かせる。
「……うん、そうだね……」
 そうなった方が、みんなに迷惑をかけるよね……とキラも頷いてみせた。しかし、どこか納得していないと言うのも彼の表情から伝わってきている。
 きっと、男だから自分で何とかしないと考えているのだろう。
 それでも、優先順位を間違えない、と言うところは好ましい。
「なら、出来るだけ静かに移動しよう」
 そうすれば、中にいる相手に悟られないだろうから……と付け加えれば、今度は素直に頷いてくれる。それを確認して、イザークはそっと彼の肩に手を置いた。そのまま、移動を開始する。
「俺たちの部屋でいいな?」
 とりあえずは、と囁きかけた。
「……でも、ご迷惑では……」
「気にしなくていい」
 むしろ、その方が安心できる……と言って微笑みを向ける。
 近くにいてもらえれば自分がいくらでもフォローが出来ると、心の中で付け加えた。
「それに、そんな風にかしこまらなくていい」
 ディアッカやシンほどでなくてもいいが、もう少し砕けても構わないぞ。いつも気になっていた言葉も付け加える。
「はい」
 それにキラは淡い笑みを返してくれた。
 それを見た瞬間、何故か体温が上がってしまう。ついでに、脈拍が早くなってきた。
 どうして、自分の体がそんな反応を見せるのか。その理由がわからない。そんな自分にいらだたしさを感じてもいた。