確かに、キラと一緒にいるときには自分のペースが乱されてしまうことが多い。しかし、それは不快ではない……とイザークは思う。
「……イザークさんは、紅茶に詳しいんですね」
 だから、と言うわけではない。しかし、一緒にいる時間が増えてきているのは事実だ。もちろん、それは、半ば故意にしていることだが。
「母が好きだからだろうな。自然と俺も詳しくなっただけだ」
 そういうことはよくあることだろう、と問いかければキラも頷いてみせる。
「なら、こちらはイザークさんの口にはあわないかな」
 おいしいんだけど、とキラは自分の目の前にあるカップへと視線を移した。
「……緑茶、だったか?」
「うん。紅茶と比べると青臭いって言う人もいるけど、僕はそれも好きなんだ」
 紅茶は紅茶で好きだけど、とキラは続ける。
「俺も、嫌いではない」
 緑茶の爽やかさは好きだ、とイザークは微笑む。
「ただ、プラントにはあまり輸入されていないからな。なかなか口にする機会がなかっただけだ」
 紅茶にしてもコーヒーにしても、オーブからの輸入に頼っているから……と続ける。
「……すみません……」
 その言葉に、何故かキラがこう言って目を伏せた。
「あぁ。オーブが輸出制限をしているわけではないぞ。プラントの方で輸入してくれないだけだ」
 緑茶よりも紅茶を好む人間の方が多いから。そういって苦笑を浮かべてみせる。
 実際、自分の周囲の人間で緑茶を口にするのは、母とクルーゼぐらいなものだ。
「……とは言っても、自分ではうまく淹れられないからな」
 紅茶であれば誰よりもうまく淹れられる自信はあるが……とイザークは続ける。
「なら、僕でよければ淹れますよ」
 普通には淹れられるから、とキラが笑いながら口にした。
「寮の方にも常備してありますし」
「そうだな。たまにはごちそうになろうか」
 こう言ってもらえると、嬉しい。そう考えているせいか、無意識のうちに笑みが浮かんでくる。
「喜んで。シンも、ゼミのみんなも、緑茶よりもコーヒーとかのほうが好きみたいで……でも、シンはまだ付き合ってくれるかな?」
 お茶請け次第だ、とキラは付け加えた。
「今のゼミだと、デュランダル先生もお好きなようだからいいけど……前のゼミではあきれられたんですよ。爺むさいって」
 キラの口からこの話題が出たときに、これはチャンスだ、と思ったことは否定しない。
「前のゼミ? 何の研究をしていたんだ?」
 そういえば、フレイもその時からの知り合いなのだろう? とさりげないそぶりを作りながら問いかけてみる。
「汎用の作業用強化スーツ、とでも言えばいいのでしょうか。人体の1.5倍程度の大きさで、ビルやコロニーの建築等に使えるように、って開発をしていました。僕の担当はOSで……一応、基本的なものは作ってきました」
 起動までは確認してきた、と彼は付け加えた。
「そうか」
 確かに、完成すると便利だな……と口では答える。
 しかし、脳内では違った。
 キラ達は、それをあくまでも《作業用》として開発をしていたかもしれない。だが、過去の歴史をひもとかなくても、日常生活にとって有益なものは戦争においても同様だと言うことは証明されている。
 地球軍からすれば、そのOSだけではなく改良できるキラの存在は喉から手が出るほど欲しいはずだ。
 そうなった場合、地球軍がどのような愚行に出るか、想像が付く。
 逆に言えば、彼の存在を守り切れれば、戦争への道のりは遠ざかるのではないか。
「と言うことは、学部を移ることは反対されたのではないか?」
「……教授に、ね。でも、最初からそうなることはわかっていたから……手続きだけはされていたんだ」
 少し寂しげにキラは言葉を口にする。
「教授じゃなくて、学部長のサインも貰ってあったから……反対されても、意味がなかったみたい」
 でも、結局呼び出されて仕事を押しつけられることが多いから、変わらないのかな? とキラは首をかしげてみせた。
「なるほど。デュランダル博士が眉間にしわを寄せているわけだ」
 その話題が出るたびに、とイザークは苦笑を浮かべてみせる。
「……デュランダル先生は、カトー教授と仲が悪いから……」
 ひょっとして、それも自分のせいだったのだろうか。キラはこう言って首をかしげる。
「お前のせいだけとか限らないだろうな」
 まぁ、学部の対立はよくあることらしいが……とイザークはカップに口を付けた。
「研究費の取り合いでもしたのではないか?」
「あぁ、その可能性はありますね」
 イザークの言葉に、キラは頷いてみせる。そのまま、彼もまた喉を潤そうかというようにカップに口を付けた。
「どちらも、それなりに費用がかかりそうだから、な」
 しかも、どちらも人類にとって重要な研究だ、といえるだろう。同時に、多大な開発費が必要だと言うことも事実。
「否定は出来ませんね。オーブ側の窓口は、どちらもモルゲンレーテですから」
 それ以外にも、教授陣がそれどれ独自のルートで援助を貰っているらしいが……とキラは続ける。
「だが、半分近くは国からの援助のはずですし……」
 それでも、デュランダルの方はプラントからの援助もあるから研究費用は十二分にあると言えるのではないか。
 ひょっとしたら、それも気に入らないのではないか。
 キラのこの言葉は的を射ているような気がする。
 しかし、それだけではないだろう。
 カトーが個人的に研究資金を得ている企業を調べてみようか。イザークは心の中でそう呟いていた。