「ですから、ここをこうした方がより効率的かと思うのですが」
 キラが整備クルーと何やら会話を交わしている。その内容から判断をして、整備プログラムに関してではないだろうか。
「なるほど……これならば、チェックの時間が短くなりますね」
 どこか嬉しげな口調でクルーが言葉を返してきた。
「……一応、フリーダムで使っていたものですから、大丈夫だとは思いますが、機体にあわせてカスタマイズして頂いた方がいいと思います」
 自分がこの機体の特性をよく知らないから……とキラは付け加える。
「それに関しては俺がする。ドレッドノートイータは俺の機体だしな」
 そして、プレアが遺してくれたものだ。
 だからといって、キラがしてくれたことが迷惑だったわけではない。むしろ嬉しいと言えるだろう。たとえそれが、整備クルーに声をかけられたから、という理由からでもだ。
「しかし、これは凄いな」
 モニターに映し出されているプログラムのソースを見ながらカナードは感嘆の呟きを漏らす。
 以前、アルテミスで彼の作ったストライクのOSを見たことがあったが、その時からの独創的な記述方法は変わっていない。しかし、それだからこそその目的を最大限に果たすことができるのではないか。
 以前は妬ましいとしか思えなかったその才能も、今は素直に感嘆できる存在になっている。それはきっと、受け止める自分の心境が変わったからだろう。
「……カナード」
「助かった。この艦には最低限の人員しかいないからな」
 しかし、自分の言葉にも不安そうな表情を作ってしまうとは、本当に今までどのような環境にいたのか。そうも考えてしまう。俺がこいつの立場なら、もっと威張り散らしているに決まっているのに、だ。
「……迷惑になってないなら、いいんだ……」
 キラが小さな声でこう告げる。
「迷惑どころか、感謝されているだろうがお前は」
 本当に、と思う。
「……うん……それはわかっているけど……時々、迷惑だって言われることもあったから」
 でなければ『お前がすることじゃないだろ』とも。だから、実は迷惑だったのかな、と思ったのだ。キラはそうも付け加えた。
「……前者は、地球軍のバカか?」
 ふっと思いついてこう問いかける。
 正確に言えば、アルテミスあたりの誰かか。
「……マードックさん達は、いろいろと喜んでくれたんだけど……」
 その言葉を、キラは言外に肯定をする。それを耳にした瞬間、整備クルーが実に申し訳なさそうな表情を作った。彼もまた――自分に付き合って離叛したとはいえ――地球軍の一員だったのだ。おそらく、元の同僚がどのような言葉を投げつけたかは簡単に想像が付くのだろう。
 後者に関しては、間違いなくあの二人のうちのどちらかだろうな、と推測ができる。
「なら、それらは忘れろ。ここでお前の協力を『不要』などというものはいない」
 ありがたい認識をする者はいてもな、と笑う。
「もちろんだよ」
 即座に同意の言葉を口にしてくれる彼には、取りあえず感謝しておくか。少なくとも、これでキラはこちらが希望する作業に積極的に関わってくれるのではないか。そんなことも期待してしまう。
「と言うわけで、飯の時間だ」
 きちんとスケジュール通りに食事を取れ、と付け加えながらカナードはキラの腕を掴む。そのまま軽くひくことで立ち上がるように促した。
「別に、空腹じゃないんですが……」
 だから、抜いても構わない……とキラは言外に付け加える。
「あちらではそれが許されていたとしても、こっちでは違う」
 いつ何があるかわからない。そうである以上、いつでも動けるようにしておくのは最低限の義務だ。
 こう付け加えると、カナードは半ば引きずるようにして歩き出す。
 それにキラは逆らうことはない。それどころか、少しだけ悲しげな表情を作っている。
「……誰かに似たようなセリフでも言われたことでもあるのか?」
 こう問いかければ、彼は小さく頷く。
「そうか」
 きっと、それは今、彼の側にいるものではないのだろうな。そう判断をする。だとするならば、誰だろうか。
「まぁ、そいつの言葉は間違っていない。ついでに、お前のことも心配していたから、だろうな」
 でなければ、放っておいただろう。そう心の中だけで呟く。
「貴方も……」
 不意にキラが何かを言おうと口を開いた。だが、いつものようにその後の言葉は飲み込まれる。
「なんだ?」
 構わないから言え、とカナードは視線を向けた。そうすれば、彼は少しだけ体を強ばらせる。
「怒っているわけじゃない」
 小さなため息とともにカナードは言葉を口にした。
 普通に接しているつもりなのに、何故かキラを怖がらせてしまう。それはひょっとして、自分の表情がいけないのだろうか。それとも、と悩む。
 だが、今更どうすればいいのかわからない。それもまた、カナードにとっては真実だ。今までこうやって生きてきた以上、他にどうすればいいのかわからないのだし、とも。
「話してもらえなければ、俺としても対処を取ることができない。間違っていても判断できないだろうが」
 だから、と付け加えれば、キラはおずおずと視線を合わせてくる。
「……貴方も、僕が戦えないと、困るのですか?」
 そして、予想もしていなかったセリフを口にした。
 いや、想像はしていた……といえるかもしれない。それは、かつて自分が同じようなセリフを聞かされ続けていたから、だ。
「お前に倒れられると困る。しかし、今、お前を戦わせるつもりはない」
 たいていの敵であれば、自分一人の力でどうにでもなる。しかし、守られるべき存在に気がかりなことがあれば落ち着いてはいられない。そういうことだ、とカナードは言葉を重ねた。
「……守られるべき存在?」
 信じられないというようにキラはこう呟く。
「そうだ」
 ここではそういう存在だ……とカナードは笑う。
「だから、俺のために取りあえずは喰え」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせた。

 この時はまだ、キラにとって今のセリフがどのような意味を持っているのか、この時のカナードは何も知らなかった。