言葉通り、アスランはカガリとともに押しかけてきた。
「……キラ……」
 久々に顔を合わせた彼女からは、以前感じた棘のようなものが感じられない。むしろ、アスランの方がとげとげしいとすら思える。それはどうしてなのだろうか。
 アスランの方は理由がわかっている。だから、無視してもいいだろう。彼は思いこんだら、そう簡単に自分の意見を翻すわけがない。それはわかっている。
 でも、カガリはどうだったろうか。
 自分がよく知っている彼女はかなり頑固だったが、それでも人の意見に耳を貸さないわけではなかった。
 しかし、最近の彼女は違ったようにも思う。
「……久しぶり、カガリ」
 それでも、彼女が自分と同じ両親の遺伝子を持った存在であることは否定できない。
 だからと思って言葉とともに微笑みかけた。
「あぁ」
 まだぎこちなさは残るものの、彼女もまた微笑み返してくれる。
「そういえば、この前は助かったぞ。お前がくれたヒントのおかげで、取りあえずはセイランを押さえ込めそうだ」
 さらにこうも付け加えた。
「そうなんだ。よかった」
 カナードから話を聞いた瞬間、取りあえず調べてみたのだ。もっとも、本人からは『無駄なことをしなくていい』と言われるかもしれない。その不安があったから、カガリに直接ではなくラクスにメールで告げた。
 もちろん、理由はそれだけではない。
 メールから自分の居場所が知られることがいやだったのだ、という気持ちがあったことも否定できない。
「だいぶ、顔色がよくなったようだな、お前。表情も明るくなった」
 この言葉は、昔のそれによく似ている。
「そうかな?」
 だから、キラもまた普通に言葉を返すことができた。
「そうですわよ、キラ。少なくとも、普通に微笑んでいらっしゃいますもの」
 以前は、無理矢理作ったような笑みしか浮かべなかった。それは見ているものの方が辛いほどだった、とラクスも頷いてみせる。
「ラクス……」
「ですから、わたくしは貴方の微笑みを取り戻してくださったあの方に感謝しておりますわ」
 キラが彼を好きならば、無条件で応援してもいいと思うくらいに……と付け加えながら、ラクスはさりげなくアスランをにらみつけた。
 これは間違いなく、彼に対する牽制なのだろう。
「キラは……」
 不意にカガリが口を開く。
「何?」
 そんな彼女を、キラは真っ直ぐに見つめる。
「お前、そいつが本当に好きなのか?」
 ストックホルム症候群じゃないよな? と問いかけてきた。
「僕は誘拐された訳じゃないんだけど」
 元々はマルキオの依頼だったし……それ以前に、自分が彼と一緒に行くと決めたのだ。だから、とキラは思う。
「そうか。ならばいいんだ」
 かんちがいとか何かでないのなら、とカガリはため息とともに口にした。
「カガリ!」
 まさか、彼女がそんな言葉を言うとは思っていなかったのだろう。怒ったようにアスランが彼女の名を呼ぶ。
「しかたがないだろう。恋愛感情ばかりは……他の誰かに何を言われようともそう簡単に消せるものじゃない」
 だから、昔から物語の題材になっているんじゃないのか? とカガリは言い返す。
「それに……相手はキラを連れてでも全然オーブの情報網に引っかからずに行動できる人間だ。そんな相手の所にキラが行ってしまったらどうする?」
 自分たちでは探して連れ戻すこともできないぞ、と言葉を重ねる彼女に、アスランは悔しげに唇を噛む。
「だったら、目の前にキラがいてくれた方がいいじゃないか」
 まだその方が安心できる、というのは何なのだろうか。
「そうかもしれないが……」
「……だったなら、今はいいじゃないか」
 キラが帰ってきてくれたんだから、とカガリが笑う。それに、アスランも渋々と頷いてみせた。

「そう。キラがアスラン以外を好きになってくれたなら、相手が誰であろうといいんだよ、私は」
 一人だけの空間で、カガリはこう呟く。
「これで……少なくとも、キラとアスランを取り合うことはないと言い切れるからな」
 後は、自分がアスランを惹きつけておけばいいだけだ……とも付け加える。
「アスランだって……キラに無理強いはできないはずだし」
 家出をされたら困るからな、と微かに唇の端を持ち上げた。
「それに、この状況なら……私はキラを《姉弟》として素直に受け入れられる。
 だから、キラの恋を邪魔するつもりはない。以前も考えたとおりに応援してやるさ、とそうも付け加えた。
「後の問題は……セイランか」
 これからいったい何をしてくるか。
 既に、サハクという抑えはない。
 だから……とカガリは小さなため息を吐く。
「まぁ、いい。それに関しては私が頑張ればいいだけのことだ」
 懸案は一つ消えたのだから、と口にしてカガリは立ち上がる。そして、そのまま部屋の外へと出て行った。