久々に踏みしめる砂の感触は、何故か違和感を与えてくる。 「……カナード……」 それ以上に違和感を感じさせる原因となったのは、自分の隣に彼の気配がないことだろうか。 「必ず会いに来てくれるって言っていたから……」 だから、大丈夫。この違和感もすぐに忘れるだろう、とキラは思う。 その時だ。 「キラ」 柔らかな声が耳に届く。 「ラクス」 視線を向ければ、相変わらず慈愛に満ちた笑みを浮かべている彼女が確認できる。 「ただいま」 そんな彼女に向けて、キラも笑みを作った。それに、ラクスは一瞬驚いたような表情になる。しかし、すぐに先ほど以上の笑みを浮かべた。 「お帰りなさい、キラ」 この言葉とともに彼女は真っ直ぐに駆け寄ってくる。その体をキラは倒れずに何とか支えることができた。 「お元気そうで何よりですわ」 そんなキラの腕に自分のそれを絡ませながら、ラクスはこう言ってくる。 「うん。ちゃんとご飯は食べさせられたし、運動もさせられたから……かな」 そういえば、睡眠もちゃんと確保されていた……ともキラは付け加えた。 「そうですか」 言葉とともに、ラクスはそっとキラの頬に触れてくる。以前よりは丸みを取り戻しているその線に安心したのか。彼女の瞳が潤む。 「ラクス?」 「貴方が元気になってくれたことが、一番ですわ」 それだけで十分だ、とラクスはさらに言葉を重ねた。 「子供達もみんな喜びますわ」 だから、取りあえず家に戻ろう……と言う提案にキラも頷く。 「連絡していなかったから……母さんには怒られそうだ」 するりと自分の口からこんなセリフが出たことにキラ自身が驚いてしまう。少なくともこの場を離れるまでは彼女たちとの間には、微妙なわだかまりが残っていたのに、だ。 それとも、カナードの存在のおかげでそれを乗り越えることができたのか。 そうかもしれない、とキラは思う。彼のおかげで、自分自身にまた自信を持てるようになったのだ。 「大丈夫ですわよ、キラ」 カリダにもマルキオから説明が行っている。連絡を取るのもむずかしい場所だから、とも説明されているから怒ってはいないだろう。自分の時と同じように微笑みと「ただいま」と告げるだけで十分だ、とも彼女は付け加えた。 「ラクスがそういうなら」 信じるよ、とキラはさらりと口にする。しかし、それはラクスにとって嬉しい言葉だったのだろうか。本当に嬉しそうに笑ってみせた。 確かにカリダには怒られなかった。しかし、代わりに泣かれてしまってそちらの方がこまったというのは否定できない。 それでも、半日もしないうちに以前のように穏やかな時間を過ごせるようになったときだ。リビングに台風が現れたのは。 「キラ!」 せっかく子供達に本を読んで聞かせていたのに、アスランの声がをそれをかき消してしまう。 「……うるさいよ、アスラン」 みんなが驚くだろう、とキラはため息とともに視線を向けた。 「そうですわ、アスラン」 隣にいたラクスも、彼に向かって非難の言葉を口にする。しかし、それが彼の耳に届いていたかどうかはまったくわからない。 「うるさいじゃないだろう! 今まで、どこにいたんだ?」 足音も荒く歩み寄ってくる彼にキラは小さなため息を吐く。そして、手にしていたページにしおりを挟むと本を閉じた。 「ごめんね、みんな。アスランが用事があるみたいだから、続きは後でいいかな?」 そのまま周囲の子供達に問いかける。この言葉を素直に聞き入れてくれる彼等の方が、実はアスランよりも大人なのではないだろうか。以前では考えもしなかったことをキラは心の中で呟いてしまう。 「それで、何?」 子供達がミナ外に行ったところで、キラはアスランに問いかける。 「キラ、お前!」 「マルキオ様から依頼された仕事だ、というのはアスランにも伝わっているんだよね? どうして、それで怒られなきゃいけないの?」 カリダですら納得してくれていたのに、とキラはさらに言葉を重ねた。 「それでお前の体調が悪くなるという可能性があったからだろうが!」 倒れても、すぐにフォローしに行ってやれないんだぞ! とアスランは真顔で言い返してくる。どうやら、本気でそう思っているらしい。 「……チームの中に、ちゃんとお医者様もいたし、そもそも、みんな、僕にそんな負担をかけないように気を付けていてくれたからね。マルキオ様がそういうことを考えなかったと思うの?」 それとも、マルキオを信頼していないのか……とキラは言外に付け加える。 「キラ、お前……」 「それに、僕はマルキオ様が僕に仕事を任せてくれて嬉しかったんだよ。何もさせてもらえないまま毎日を過ごすって、どれだけ辛いことかわかる? 昔は拷問方法として使われたこともあるそうだよね」 こうなれば、言いたいことは全部いってしまえ。そうした方がいいのだ、とカナードは教えてくれた。だから、とキラは遠慮をすることなく言葉を口にする。 「第一、どうしてアスランが今ここにいるの? カガリを一人にしてきたわけ?」 アスランはカガリの護衛ではなかったのか。それなのに、一人でこんな所に駆けつけてくるのは何か違わないか、とキラは淡々とした口調で問いかけた。 「それは、お前が帰ってきたと言うから……」 「なら、通信でも十分だよね」 それならば、カガリの側を離れなくてもできることだよね……とアスランをにらみつける。 「アスランが僕のことを心配してくれている、というのは疑っていないけど、優先順位が違わない?」 アスランが優先すべきなのは、あくまでもかがりではないのか。恋人でもあるのだし、といえば彼は信じられないと言った表情を作った。 「それと……アスランは親友だから報告しておくね。僕、好きな人ができたから」 だから、もう、自分のことは心配してくれなくていいよ……とキラは笑顔で付け加える。これは、カナードに『アスランにあったらそうしろ』と言われていたからだ。 「嘘だろう、キラ」 「本当だよ。彼の仕事の関係でいつもは一緒にいられないけど、時間を見つけて会いに来てくれると言っていたから」 困ったことができたら、そっちに相談するから……と言い切る。 「あの方でしたら、キラに何かあればどこにいようとも飛んでいらっしゃいますわよね」 さらにラクスがそれに追い打ちをかけるように微笑む。 「そう約束してくれたから」 その時のことを思い出して、キラは同じような笑みを浮かべた。 「キラ、お前はそいつに騙されているんじゃないのか!」 二人のそんな様子が、さらにアスランを煽ったのかもしれない。彼は怒鳴りつけるように叫んだ。 「……彼のことを知らないくせにどうしてそう言えるわけ? アスランは確かに僕の友達だけど、そう言うことを言われるいわれはないよ」 自分の選択に口を挟んで欲しくはない。キラはきっぱりとそう言いきる。 「そうですわね。あの方は決してキラだけは裏切りませんわ」 「ラクス!」 「それよりも、お戻りになったらいかがです? 確か、明日からカガリさんは視察だったと聞いておりますが?」 その準備はいいのか。ラクスのこの言葉にアスランは唇をかみしめる。 「……視察が終わったらカガリと一緒に来る。その時に、きっちりと話を付けるぞ」 そして、吐き捨てるようにこう言い残すとアスランはきびすを返す。そして、そのまま出て行った。 「本当にこまった方ですわね、アスランも」 自分の基準が正しいと思っているのだから……とラクスは呟く。 「でも、大切な友達なんだ」 だが、そう思っているのはひょっとして自分だけなのだろうか。キラはそんな風にも考えていた。 |