「キラ」
 何かを考え込んでいたらしいカナードが不意に口を開く。
「何?」
 その表情に不安を感じながらも、キラは聞き返す。
「特定の人間だけが使える通信プログラム……というのは作れるか?」
 他の人間には、決して中を覗くことができないような……とさらに彼は付け加えた。
 それだけで、キラには彼が今何を考えていたのかがわかってしまう。
「できる、よ」
 それでも何とか冷静な口調を作ってこう言い返す。
「そうか」
 カナードはそれに小さく頷いてみせた。
「……カナード……」
「最初からの約束だからな。お前は、オーブに帰れ」
 きっぱりと言い切られて、キラはうつむく。
 返ることが嫌なわけではない。今までのようにカナードの気配を感じ取れなくなるのが嫌なのだ。
「心配するな」
 言葉とともにカナードがキラの体を抱きしめてくる。
「カナード?」
「俺の方から会いに行く、と言っただろう? それに、お前がプログラムを作ってくれれば、会話もできるしな」
 お互いの立場を考えれば、そのくらいで妥協するしかないだろうが……と彼はため息を吐く。それでも、まったく会えなくなるわけではないだろう……と言う彼にキラは小さく頷いてみせる。
「もっとも、お前がどうしても……と言うのであれば、このまま一緒にいても構わないだろうが」
 マルキオはともかく、他の連中が恐いな……と彼は苦笑とともに付け加えた。
「恐い?」
 誰が恐いというのだろうか、とキラはカナードの腕の中で首をかしげてみせる。一番可能性があるとすれば、アスランだろうが、とも。
「ラクス・クラインとの約束だからな」
 他の人間であれば無視しても構わないだろうが、彼女ではそうはいかない……とカナードはため息を吐いてみせる。
「ラクス?」
 どうしてここで彼女の名前が出てくるのか。
 確かに、彼女は自分だけではなく他人にも厳しい一面はある。それでも基本的に優しいとキラは認識していた。
「お前はわからなくていい」
 ただ、約束を守らなければ彼女が怒ると言うだけだ……と彼は苦笑を浮かべる。
「……カナードがそういうなら……」
 今ひとつ納得できないが、頷くしかないだろう。キラは言外にそう告げた。
「悪いな」
「……最初から、わかっていたことだから……」
 最初にあったときにはあんなに『恐い』と感じていたのに……と心の中で呟く。それなのに、今はこれほどまでに離れたくないと思ってしまう。そんな自分の変化には驚くしかないのではないか。キラはそうも考えている。
「心配するな。お前に危険が迫ったときには、どこにいても駆けつけてやる」
 だから、そんな表情をするな……と口にしながら、カナードはキラのあごを持って上向かせた。
「……約束だよ」
「当たり前だろう」
 言葉とともに、彼の唇がキラのそれに重ねられた。

 どうやら、表面上はコーディネイターに対する差別は収まったかのように思える。しかし、とアスランはため息を吐く。
「その分、裏側でどう動いているかが把握しにくくなったな」
 それに、と手の中の資料へと視線を落とす。
 相変わらずプラントに移住していく第一世代、第二世代の数は減らない。むしろ増えているのではないか。その中にはモルゲンレーテの技術員も多数含まれている。
「……このことを、セイランはどう思っているんだろうな」
 この調子であれば、いずれ、モルゲンレーテの開発力が低下することは目に見えていた。かのの遺産で食いつなぐにしても、いずれ限界は見えてくる。
 それよりも、だ。
 彼等がプラントで生計を立てて行くには、間違いなく自分が身につけた技術力を使わざるを得ない。
 それがどのような状況を生み出すだろうか……と考えれば気が重い。
「……オーブとプラントの関係を悪化させたいにしても、やり方が最悪だな」
 このままではオーブの存在価値すら失われてしまうのではないだろうか。
 それとも、そうなることを望んでいるものがいるのだろうか……とも考えてしまう。
「可能性は否定できないが……」
 しかし、そうなって誰が得をするというのだろうか。
 最悪の可能性を考えれば、誰もいないと言ってもいい。それでも、彼等は違うと考えているのかもしれない。
「調べて、みるか」
 カガリの許可はもらわなければいけないだろうが、それはむずかしくはないだろう。しかし、その後はと言えばわからない。自分の権限なんて、あってなきがごとしだ。
 知り合いに頼むにしても、彼等も、今の自分たちに与えられた仕事をこなすだけで精一杯のようにも思える。
 それに、とアスランはさりげなく周囲に視線を彷徨わせた。
 その瞬間、慌てたように物陰に移動していく人影が確認できる。本人はさりげなく移動していったつもりなのだろうが、正規の訓練を受けたアスランにしてみれば未熟だとしか言いようがないものだった。
 彼が今日の監視か、とアスランは目をすがめる。
 自分だけではなく他の者達にも当然付けられているだろう。そう考えれば、迂闊な行動を取るわけにはいかない。
「……こう言うときは、お前の顔が見たいよ……」
 キラ、とアスランは無意識のうちに呟いていた。