「キラさん!」
 嬉しそうな声とともに風花が飛びついてくる。それをキラは何とか抱き留めてやった。
「……お前は……」
 もし、キラが彼女を支えきれずに倒れたなら、自分が抱き留めてくれようとしていたのか。キラの背後にいたカナードがあきれたような声とともに彼女をにらみつける。
「カナードはずっとキラさんと一緒にいるんだもの。少しぐらい貸してくれてもいいじゃない」
 この理屈は何なのか。キラは思わず目を丸くしてしまう。
「……お前も、本当に女なんだな」
 何か、どこかで聞いたことがあるへりくつだぞ……とカナードがため息を吐いている。
「いいじゃない! ちょっと貸してって言うだけなんだから」
 ちょうだいと言っているわけではない、と彼女はキラの腕の中からカナードをにらみつけた。
「ちょうだいなんて言うようなら、キラの側に近づけないに決まっているだろう」
 駆け寄ってきた時点で、キラを隠す! と彼は笑い返す。
「……カナード……風花ちゃんも……」
 この場合、風花はしかたがないといえる。しかし、カナードは大人げないとしか言いようがないのではないか。キラはそう思ってため息を吐く。
「それよりも、一人で来たわけじゃないよね? 劾さん達は?」
 話題を変えようと言うわけではないが、キラはこう問いかけた。
「あぁ、そうだった。二人を案内して来いって言われたんだっけ」
 嬉しくて忘れてた! と彼女はぺろっと舌を出す。
「お前なぁ」
 その言葉に、カナードは別の意味であきれているらしい。
「こっちよ!」
 それには構わずに、風花はキラの腕から抜け出す。代わりに彼の手首を掴むと引っ張るようにして歩き出す。
 それに、どうすればいいのかというようにキラはカナードに視線を向けた。
「……風花、キラは俺のだぞ」
 しかし、人前でこう言われるのはまだ恥ずかしい。
「わかってる。でも、カナードと手をつなぎたくないもん」
 でも、キラなら嬉しいから……と言われて、反応に困る。
「俺だって、お前とは手をつなぐ気持ちはないぞ」
 言葉とともにカナードはキラの腕から風花の指を引き離す。もちろん、それは彼女を傷つけないように配慮された動きではあったが。
「カナード!」
「もう十分だろうが」
 キラは自分のものだと言っただろう、とカナードは笑い返す。そして、そのままキラの体を抱き込む。
「ほんとに心が狭いんだからぁ。そんなことをしていたら、絶対、キラに嫌われるわよ」
 今度こそあきれたように風花がこう言い切る。
「今は嫌われていない。それに、これからも嫌われる予定はないな、俺には」
 即座に言い返すカナードに、キラは彼の腕の中で頬を赤らめた。
「はいはい。ラブラブなのね」
 もう好きにして、と十歳前後の子供に言われるのははっきり言って恥ずかしい。それでも、相手が彼女だからまだこの程度ですんでいるのだろうか。
「当然だ」
 カナードはカナードで平然とした口調でこう言い返しているし。ひょっとしておかしいのは自分なのだろうか、とキラは本気で悩みたくなる。
「こっち」
 そんな彼の様子を見て見ぬふりをしてくれているのか。それともたんに無視をしているだけなのか。風花はこう言って歩き出した。
「……カナード」
 背中から抱き込まれているせいで歩きにくい。それを言外に告げれば、彼は苦笑とともにキラの体を解放してくれる。それでも、しっかりと肩を抱いているのは、ひょっとして周囲に対する牽制なのだろうか。
「……モルゲンレーテ、みたいだね、ここ」
 ようやく周囲の様子を確認する余裕が出てきたキラは、こう告げる。
「基本的に同じコンセプトで設計されているそうだからな。ここがアメノミハシラだ」
 そういわれて、キラはようやく納得できた。
「そうなんだ……一度、見てみたいって思っていたんだけど……」
 まさかこんな形で訪れることになるとは思わなかった、とキラは付け加える。
「でも、いいところだよね。みんな、生き生きしている」
 モルゲンレーテの職員も、少なくとも自分が知っている限りはそうだ。でも、今もそうなのかどうかはわからない。ラクスからの連絡が事実なのであれば、かなりむずかしい状況になっているような気がする。
「そうだな」
 だからこそ、人がここに集まるのではないか。カナードも頷いてみせた。
「でも……カナードの力が必要な状況ではないよね」
 それとも別のことなのか……とキラが首をかしげたときだ。
「今はまだそうだな」
 聞き覚えがない声が脇から飛んでくる。反射的に視線を向ければ、目つきの厳しい黒髪の女性がこちらに歩み寄ってくるのが確認できた。
「ロンド・ミナ・サハク」
 カナードの言葉で彼女の正体がわかる。
「だが、これからは違う。そのための準備にお前の力を借りたい」
 そちらの少年も、手を貸してくれれば嬉しいが……とミナはキラへと視線を向けてきた。そして、その唇に笑みを浮かべる。
「ようこそ、キラ・ヤマト。君とは一度話をしたいと思っていたのだよ」
 そういわれて、キラは一瞬固まった。
 いったいどう言い返せばいいのか。
 そもそも、どうして彼女が自分のことを知っているのだろうか……と頭の中であれこれ疑問が渦巻いてしまう。
「俺が同席してもいいのならな」
 さりげなくカナードが口を挟んでくる。
「本当に変わったものだ」
 そんな彼の言葉に、ミナは楽しげな笑いを周囲に響かせた。