何やら船内が騒がしい。
「カナード……」
 何かあったのか、とキラは彼に視線を向けた。
「心配するな。久々に依頼が入っただけだ」
 ちょっと無視できない相手でもあるな……とカナードは苦笑とともに付け加える。
「そうなんですか?」
 マルキオ以外にもそんな人物がいたのか。キラは思わず心の中でこう呟いてしまう。
「顔はともかく、名前だけはお前も知っていると思うぞ」
 そんなキラの内心を読み取ったのか。カナードは笑みを浮かべながら顔を寄せてくる。
「ロンド・ミナ・サハク、だ」
 お互いの吐息が絡まる距離でカナードはこう言ってくる。
「ミナ様?」
 まさか、ここで彼女の名前を聞くとは思わなかった。それがキラの本音だ。
「そうだ。ギナの方には俺はあったことはないが……ミナはマルキオさまと違った意味で恐い相手だぞ」
 もっとも、それでもある意味尊敬できる相手だがな……と彼が笑う。
「そうなんだ」
 カナードがそういうのであればそうであるに決まっている。しかし、だとするならばカガリ達の評価とは違っているな……とキラは思う。あるいは、カガリとミナは同じ五氏族家の首長だからお互いに反発しているのだろうか。
 どちらにしても、カナードが彼女の依頼を受けたというのであれば、自分はそれに付き合うだけだ……とそう考えたところで、ある可能性に気が付いてしまう。
「どうした、キラ」
 不意に視線をそらしてしまったからだろうか。カナードがこう問いかけてくる。
「ミナ様は……サハクの当主だから……」
 ひょっとして、ここでオーブに帰されのだろうか。そんな風に思ったのだ、とキラは正直に口にする。彼にはごまかそうとしても無駄だと既にわかっていたのだ。
「安心しろ」
 そんなキラの頬にカナードの手が添えられる。そのまま強引に彼に向き直らせられた。
「カナード……」
 目の前には彼の優しい笑みがある。
「まだ、マルキオ様からは何の連絡もないからな」
 依頼が終わったら、また自分と一緒にミナの元を離れるだけだ……と言われて、キラはほっと安堵のため息を吐く。
「それで不安になったのか」
 この問いに、キラは小さく頷いてみせた。
「バカだな。その日が来たら、俺がこんなに落ち着いているわけはないだろう?」
 だから、今ではない。この言葉とともにカナードはそっと唇を重ねてきた。

 目の前の相手の訪問をどう判断すればいいのだろうか。
 そうは思うものの、やはり彼女も自分にとっては大切な友人だ。そう思いながら、そうっと彼女の前に紅茶の入ったカップを置く。
「……ありがとう……」
 小さなため息とともにカガリはこう言ってくる。
「疲れていらっしゃるようですわね」
 少し、砂糖を多めにしましょうか? とラクスは彼女に問いかけた。
「いや、いい……それよりも、いい香りだな」
 顔を上げると、ふわりとカガリは微笑む。
「そういって頂けると嬉しいですわ」
 ラクスもまた彼女に微笑み返した。
「キラにも、そういって頂けましたの」
 これだけは昔から得意だだったから……と付け加えればカガリは驚いたように目を丸くした。
「ラクスにも苦手なことがあるのか?」
「えぇ。ヤマト夫人のおかげで、ようやく一人で料理ができるようになりましたわ」
 もっとも、味付けは今でも他の人々に確認して貰ってからでないとできないが……と微笑みの中に苦いものを含ませる。
「子供達の方が上手だ、というのは流石に恥ずかしいですし……意外なことに、キラも自分で料理ができるのですわ」
 もっとも、よほど気が向かないとやってくれないが……とそうも付け加えた。
「キラにできるとは思わなかったな……アスランは、キラは何もできないと言っていたのに」
「アスランと別れられてから頑張られたようですわ」
 ご自分から進んであれこれ学習するようになったのだ、とカリダが教えてくれたとも付け加える。もっとも、時々抜けたことをいてくれるのは本当にキラらしいと言って彼女は笑っていたが。
「……そうなのか……」
 カガリが目を丸くしている。その表情から、彼女のキラに対する知識の多くがアスランから得たものなのだとわかった。
「キラにしても、お好きな方ができたようですし」
 それが自分ではないことが少し悲しいが、キラの瞳が少しでも前を向いてくれればそれでいい。ラクスはそうも付け加える。
「キラに、好きな相手が?」
「えぇ。マルキオ様の依頼で行動を共にしている間にお互いの思いが通じ合ったのだそうですわ」
 幸せそうなメールが届いている、とラクスは微笑む。カガリはカガリで、どこかほっとしたような表情を作っていた。それがどうしてなのかはラクスにもわかっている。
 しかし、それに関して指摘をするわけにもいかないだろう。
「それからもう一つ。キラから伝言がありますわ」
 ふわりと微笑むとラクスはさらに言葉を重ねる。
「ウズミ様が作られた輸出のための条例の中の三十七項を確認してみて欲しい、とのことですわ。それがヒントになるかもしれないと」
 カガリ達が困っているようだ、というメールを送ったら、そう返ってきましたの……と付け加えた。
「輸出条例の三十七項……」
 しかし、どこまでそれを聞いていたかはわからない。カガリは何かを思い出そうとするかのように必死に考え込んでいる。
「そうか! あれはまだ改訂されていない。セイランの行為は、それに違反している……」
 少なくとも、それに関して追及することは可能だろう。
「でも、何故キラが……」
「カガリが困っているのを黙ってみていられない。そうおっしゃっていましたわ」
 守られているだけではいやだから、とも言っていたとも、だ。
「そうか……」
 キラに感謝をしないとな。この言葉とともに、カガリは少し冷めてしまった紅茶に口を付ける。
 これで彼女は大丈夫だろう。
 後問題なのはアスランだろうか。しかし、こちらの方が難問なのだが……とラクスは心の中でそうっとため息を吐いた。