「……だから、君じゃ話しにならないと言っているだろう! カガリに会わせないか」
 言葉とともにユウナが強引に奥へ進もうとする。
「申し訳ありませんが、代表からは『誰も通すな』と命じられております」
 そんな彼の行く手を遮りながら、アスランはこう言い返す。
「それに、現在、代表は来客中です」
 そのような場に踏み込むつもりか、と言外に問いかけた。
「……来客? 僕は、何も聞いてないよ?」
 だから口実ではないのか。ユウナは言外に告げてくる。
「本当だというのであれば、確認をさせて貰わないと」
 さらにこんなセリフまで言ってくれた。
「ですから、どなたであろうともここを通すわけにはいきません」
 カガリの命令は最優先事項だ。だから、ユウナであろうともここ、アスハ宮殿では従ってもらわなければいけない。アスランはきっぱりとこう言い切る。
「アレックス・ディノ……」
 こちらが正論だとわかっているのか。
 それとも、自分の立場を使ってのごり押しが通らないからか。
 明らかに機嫌を損ねているとわかる表情で彼はアスランに呼びかけてくる。
「僕が何者なのか、当然、君は知っているよね?」
「もちろんです。ですが、私はあくまでもアスハ代表の護衛ですので」
 それ以外の人間の命令を聞くいわれはない。アスランは言外にそう付け加える。
「私が軍人であれば話は別だったでしょうが」
 こう付け加えたのは、あくまでも皮肉だ。
 自分をはじめとした者達がオーブでは軍に所属することは現在、禁じられている。軍の方からそうして欲しいという声が上がっていたにもかかわらず、セイランが反対したらしい。
 もっとも、それに関して文句を言うつもりはない。
 もし軍人になっていれば、自由にキラの元へ足を運ぶことはむずかしかっただろう。いや、それ以前にカガリのフォローをすることもできなかったのではないか。
 だから、現実としては今の立場で満足をしている。
 しかし、相手はそうではないらしい。
「本当にへりくつだけはうまいね」
 それはイヤミなのだろうか。
「何とおっしゃろうとも、この場を通すわけには参りません。明日も同様です」
 きちんとアポイントメントを取ってきてもらえるのであれば話は別だが。アスランはそうも口にする。
「……君は……」
「アスハ代表のご指示ですので」
 これが各首長であれば話は違っただろうが、とアスランは言外に訪問者の正体をにおわせた。
「……僕がセイラン家の当主になったときには覚えていろよ」
 しかし、彼はそれに気付かなかったらしい。こんなセリフを吐き捨てるときびすを返す。
 わざとらしい足音を立ててこの場を立ち去っていく彼に、アスランは小さなため息を吐く。
「まったく……お前達のような連中がいるから、キラが帰ってこないんだろうが……」
 コーディネイターに対する道具扱いをやめられないくせに……とこっそりとはき出す。それとも、自分やキラがラクスの側にいるからだろうか。
 自分はともかく、キラはカガリと実の姉弟なのだからしかたがないだろう。血のつながりは強い絆なのだ。その間に割り込むには時間がかかるのは当然だろう、とそうも言いたい。
「ラクスのような特別な存在もない限りな」
 同じものを見て、同じ考え方をするあの二人であればほんの僅かな間の時間しか一緒に過ごしていなかったとしても強い絆が生まれたとしてもしかたがない。
 何よりも、ラクスはずっとキラのことを信じていたのだから。
 でも……と心の中で続けようとしてアスランはやめる。
 たとえ、すれ違いがあったとしてもそれを修正していけばいい。キラだって、自分のことを許してくれたではないか。
 もっとも、そのためにはキラが側にいてくれなければ意味はない。
 だから、今すぐにも連れ戻したい、というのは今でも変わらない本音だ。
 しかし、そのせいでキラが誰かに利用されたり迫害されるような状況は作りたくない。それを回避するための工作が終わってからでなければ、自分たちが安心できないのだ。
 それにしても、力がないことがこれほどまでに辛いことだと思わなかった。
 プラントにいたことはもちろん、オーブに移住してからもこんな風に感じたことはないと言っていい。
 しかし、それを今、強く感じてしまっているのは、世界がまた混乱の中に落ちようとしているからだろうか。
 いや、違うな……とアスランは心の中でその考えを即座に否定する。
 世界が混乱に陥るよりも、キラとカガリが辛い境遇に陥るかもしれないことの方がいやなのだ。
 だから、それから二人を遠ざけることができるだけの力が欲しい。
「……カガリであれば、自分が遠ざけられることはいやなんだろうがな」
 むしろ、先頭に立って混乱を収めようとするだろう。そんな彼女だからこそ、自分はひかれたのかもしれない。そして、支えようと思うのだ。
 だが、キラは違う。
 キラは守られなければならない存在なのだ。
 二度と彼をあんな風に辛い目に遭わせてはいけない。
「キラは……俺の側で微笑んでいてくれればいいんだ……」
 カガリだって、そう思っているに決まっている。
 いや、彼女だけではなく他の者達もそう考えているのではないか。何の根拠もないが、アスランはそう信じていた。
「……無事でいるんだろうな、キラ」
 それでも、寂しがっているかもしれない。
「大丈夫だ。すぐに、この騒ぎを終わらせてやるから」
 そうしたら、即座に迎えに行く。こう言って、アスランは微かな笑みを口元に刻んだ。