ふいに意識が眠りの淵から浮かび上がってしまった。
 そのまま目を開けば、すぐ側で静かに寝息を立てているカナードの顔を間近で見つめることができる。
「……疲れているのかな」
 普段なら、他人の気配で目を覚ますのに……とそんなことも考えてしまう。
 それとも、自分だから、だろうか。
「今なら、イタズラしても……ばれないよね」
 ふっとそんなことを考えてしまう。
 そのまま、そっとカナードの唇に自分のそれを重ねてみた。それでも彼は目覚める気配を見せない。
 と言うことは、本気で安心しているのだろうか。
 自分だから安心してくれているのであればいいな、と考えながら、キラはそっとカナードの胸に自分の頬を押し当てる。そうすれば、力強い鼓動が聞こえた。
 これを耳にしていれば安心できる。
 同時に、また眠気が戻ってきた。
 このままだと、カナードの腕がしびれてしまうかもしれない。でも、この温もりと鼓動を感じていたいから……と心の中で呟きながら目を閉じる。
 そのまま、キラの意識はゆっくりと眠りの中に戻っていく。
 だから、カナードの手が自分の髪の毛に絡められたことも気付かなかった。

「まったく……どうせなら、起きているときにしろ」
 そういう可愛いイタズラなら、とカナードはキラの眠りを妨げないようにそっと彼の髪を弄び始める。
 キラは気付かなかったようだが、実はしっかりとカナードは起きていたのだ。
 気付かれないように寝たふりをしていたのは、たんにそうしているときにキラが何をするかと言うことに興味を持っていたからだ。
「本当に」
 初々しいのはいいのだが、もう少し大胆になってくれてもいいような気がする。もっとも、そうできないのがキラなのだ、と言うこともわかってはいた。
「俺に遠慮はいらない、といつも言っているだろうに」
 キラのワガママなんて可愛いものではないか。何よりも、それを叶えられない自分ではない。
 それでも、こう言うときでなければ自分から何もしてこられないキラが可愛いと思っていることも事実だ。
「結局、相手の方をよりに好きになった方が負けなんだよな」
 もっとも、こういう負け方なら別に不満はない。
「逆に言えば、俺の方が勝っていると言うことでもあるのか」
 それだけ、自分の方がキラのことを好きだという証明にもなるだろう。もっとも、こんなことで勝ち負けを決めても馬鹿馬鹿しいだけだが。
 好きなら好きで構わないだろう。
 というよりも、それ以上に重要なことはないのではないか。
「……こんなくだらないことを考えてしまうのは……オーブで何が起こっているのか、わからないからかもしれないな」
 その分、キラを手放さなければならない時期が遅くなるというのは事実。
 しかし、それを単純に喜べない自分がいることも否定できないのだ。
 本来であれば、目的を果たした以上、キラはオーブに戻っていなければいけない――もちろん、それが自分の望みではないとしても、だ――それがマルキオとの契約だった。
 だが、その契約条件を変更してきたのも彼である。
「……リードあたりに聞けば、わかるんだろうが……」
 問題は、彼等が掴まらないと言うことか。
 もっとも、彼等にしても依頼があるのだから当然のことかもしれない。
「取りあえず、伝言だけは入れておいたが……」
 その前にマルキオからの連絡が入ってくる可能性も否定できないな……とカナードは心の中で呟く。
「どこも、軍は動いていないようだから……おそらく紛争ではないだろうが」
 だが、その分厄介かもしれない。そんな風にも思う。
「攻撃してくる相手なら、撃破すればいいだけだが……政治的なものであれば、そういうわけにはいかないからな」
 そちらがメインであるのならば、自分では手出しができない。
「マルキオ様のことだ。きちんと情勢を見て指示を出していてくださっているはずだ」
 だから、あれこれ考えるのはやめよう。
 それよりも、今はこの腕の中にある幸せをかみしめていてもいいのではないか。そんなことすら考える。
「その前に、キラの射撃の腕を何とかしないと……」
 当面の問題はそれではないか。
 小さなため息とともにこう呟く。
 決して、才能がないわけではない。ただの的であれば自分と同レベルの成績をたたき出せる。
 しかし、シミュレーションであろうと何であろうと、目標が《人間》となると、途端に彼は引き金を引けなくなるのだ。
 ある意味、予測していたこととはいえ、ここまで徹底していると本気で関心をするしかないのではないか。そんな風にも考えてしまう。
「これは……大人しく武器をねらえ……と教えるしかないのか」
 キラの技量であれば、後少し訓練を重ねれば不可能ではなくなる。
 それも当然と言えば当然のことだろう。
 人間の動きはMSの動きよりも遅いのだ。もっともキラに言わせれば、的の大きさが違うらしいが。武器そのものが小さくなっているのだから同じ事ではないのか、と思うのは自分だけか。
「まぁ、それも起きてからのことだ」
 それまでは取りあえず今の幸せに浸っているか……と小さな声で呟きながら、カナードはキラの体を抱き直す。
 それが気に入らなかったのだろうか。キラは自分のねやすい体勢を捜すかのように体を小さく動かしている。やがて満足する場所を見つけたのだろう。再び寝息を立て始める。
「いいこだな、キラ」
 その安らかな寝息は自分が与えているものだ。
 いや、自分だから……と思うだけでカナードの胸の中に満足感が広がる。それを味わいながら彼もまた目を閉じた。