「……カガリ達は頑張っているようですわね」
 バルトフェルドに向かってラクスはこう告げる。
「アスラン、の力が大きいようだが……それにしても、あれで本当に《紅》だったのか」
 詰めが甘い、と彼はため息とともに言い返してきた。
「隊長と比べてはかわいそうですわ。積み重ねてきた経験が違いますもの」
 正攻法しか使ってこなかった人間だろうし、とラクスはさりげなく棘を含ませながら言い返す。
「そうでしょうな。同じ年齢でも、キラのそれはかなりのものですからね」
 しかも、彼の場合は正攻法にこだわらない。必要であれば邪道といえる方法すら兵器でとるのだ。
 もちろん、それが悪いというわけではない。
 戦場ではそうしなければいけない場面が多々ある。そういう面では、自分と考え方がよく似ているといいだろう、と彼はさらに付け加えた。
「フラガ達の教育の結果かもしれないがな」
 メンタル面でも、アークエンジェルの面々はかなり気を遣っていたようには思える。
 それでも、訓練を受けていないキラには十分とは言えなかった。しかし、彼等にしても最低限の人員しかいなかったあの場ではそれ以上のことができなかったのではないのか。
 そんな風にバルトフェルドは付け加える。
「……アスランとは違って、キラは強いですわ」
 一見するとアスランの方が強いように思えるのではないか。しかし、挫折を味わったときには違う。アスランはその瞬間に動けなくなるが、キラは歯を食いしばりながらも行動し続ける。
 だから、本当に強いのはキラだろう。
 ラクスはそう考えていた。
「確かに。だからといって、ずっと動き続けることは無理だからな」
 自分だって、今はのんびりとしている。
 マリュー達はそれぞれ動いてはいるが、だからといって彼等が休んでいないわけではない。ある意味、一線から離れていることで心を休めているのではないか。いや、マリューの場合は忙しくしていることで心の痛みを忘れようとしているようにも思える。
 しかし、だからと言って、何もさせないというのは違うのではないか。
「まぁ、それはともかく……この様子なら、俺は手を出さなくても大丈夫か?」
 当面の問題かもしれないが……とバルトフェルドはカップに手を伸ばす。
「取りあえず、見守っていて頂けますか?」
 それに頷きながらラクスはこう告げる。
「下手に私たちが手を出すと、あの二人の機嫌を損ねてしまいますでしょうから」
 あのプライドの高さも、アスランの弱さにつながっているのではないか。そんな風に思う。
 もっとも、それを口にすれば、それはそれで彼の機嫌を損ねてしまうことは目に見えていた。
 そんな風に他人からの指摘を素直に受け入れられないことも、彼の成長を妨げているように思えるのは自分だけだろうか。
「もう少し、自分の周囲の人々の意見にも耳を貸せればいいんだがな、あいつは」
 いや、バルトフェルドもそう感じてくれていたらしい。
「アスランにとって、自分の基準が世界のそれですから」
 それがいつか、キラを傷つけるだろう。そうも考えて心配になってしまう。
「……こまったものだな」
 ラクスの表情からそれを感じ取ったのだろうか。小さなため息を吐いてみせた。
「こまったと言えば……うちの家出息子は元気でいるのか?」
 それがキラのことだと言うことはしっかりと伝わってきた。
「元気だそうですわ」
 自分が確認したわけではないが、とラクスは微笑み返す。
「支えてくれる方が見つかったおかげで精神的にも安定しているようです。メールの文面からも、それが伝わってきますわ」
 それは喜ばしいことだ。そう、無条件で言える。
 だが、何か心に引っかかりを感じているのは、自分がその立場になりたかったという気持ちを消すことができないからだろうか。
「そうか。まぁ、その相手が何者であろうと、アスランよりはましな人間なんだろうな」
 何よりも、キラが『守らなくていい』と思える存在なのだろうな……とバルトフェルドはそんなラクスの気持ちに気付かないように口にする。
「バルトフェルド隊長?」
「誰かを『守らなければいけない』というのが、キラの中で強いトラウマになっている。本来であれば、あいつもまだまだ守られていても許される立場だったのにな」
 アスラン達のように自分から望んで軍人になったわけではない以上、とバルトフェルドは口にする。
「ラクスも、あいつにとって見れば『守らなければいけない』存在だろう? そんな相手に弱みを見せられないと思っていたんだろうな」
 それでも、最近は違っていたのは、ラクスは身内だと思っていたからだろう。そうも付け加える。
「キラにとって、ラクスは家族なんだろうな」
 でも、と彼は苦笑とともに見つめてきた。
「ラクスが望めば、子供を作ることぐらいは同意してくれるかもしれないぞ」
 恋愛とは違う。
 それでも、と言う彼にラクスは静かに首を横に振ってみせる。
「キラが望んでくれれば考えますわ。でも、わたくしの希望を押しつけるわけにはいきません」
 何よりも、あまり望みすぎることがキラにとって新たな重荷を生み出してしまってはいけないのではないか。そうも思う。
「……まぁ、お前達はまだまだ若いからな」
 もう少し、いろいろと経験してからでもいいのか……とバルトフェルドは頷いてみせる。
「ひょっとしたら、キラよりも気になる相手が見つかるかもしれないしな」
「そうだとよろしいですけど」
 ラクスは彼の言葉にはんなりと微笑む。
「それよりも、キラの隣にいられることの方が、今のわたくしには重要ですし」
 その表情のまま、自分に言い聞かせるようにこう口にした。