全ての作業を終えるのに、キラでも数日の時間を要した。それは、データーだけではなく、この区域全体に対して厳重なロックを作り上げるためだった。
 いや、それはあくまでも口実だったのかもしれない。
 この作業が終われば、遠からず自分はカナードと別れることになる。その事実がいやだと無意識に考えていたのだろうか。
「戻らなきゃいけないのに、戻りたくないような気もする」
 オーブに、とキラは小さなため息を吐く。
「あそこでは、ぼくのできることは何もないもん」
 いや、何もさせてもらえないと言うべきか。
 それは、彼等が自分のことを考えてくれているのだ、と信じていた。でも、今ならばそれは違うと思える。
 しかし、とキラはまたため息を吐く。
 自分は迂闊に動いてはいけないのではないか。自分にカナードほどの戦闘能力があるかどうかはわかない。それでも、他人から見れば十分なものだろうと言うこともわかっている。
 そして、自分が動けば、世界はまた混乱に包まれてしまうのではないか。
 こう考えれば、慎重にならざるを得ない。それはわかっていても、何燃させてもらえないのは辛いと思うのだ。
「でも、この作業もいつまでも続けていられないし……」
 カナードにしても、いつまでも自分の世話をしているわけにはいかないだろう。だから、と三度目のため息を吐いたときだ。
「別に悩むことではないだろう?」
 カナードの声が頭の上から響いてくる。
「……カナード……」
 どこから聞いていたの? とキラは焦りながら彼を見上げた。
「お前が戻ったら、俺が会いに行くだけだ」
 依頼の合間にな、と彼は笑う。
「あの国の防衛システムなら、悟られずに侵入することも簡単なことだ」
 そして、マルキオの元であれば、自分が拒まれるはずがない。そうも言い切る。
「……それはわかっているんだけど……」
 何よりも、カナードであればそのくらいは簡単にできるだろう。それもわかっている。
「でも、あそこに戻りたくない……と言うのとはちょっと違うかな?」
 どういえば一番自分の本音をきちんと伝えられるのだろうか。
 そんなことを考えながら、キラは言葉を探し出す。
「ラクス達とはまた会いたいんだ……でも、もう、アスラン達の干渉を受けたくない」
 自分のことは自分で決めたいから、とキラは口にする。
 同時に、自分がずっと彼等の言動に対して抱いていたわだかまりの正体がようやくわかった。
「お前がそういえばいいだけだ。ラクス・クラインもマルキオ様も、きっとお前に味方をしてくれるぞ」
 それに関して苦々しく思っていたのは彼等も同じだ。だからこそ、自分にキラを連れ出すように頼んだのだろう、と彼は教えてくれる。
「そう、なんだ」
 気が付かなかった、とキラは呟く。
「自分のことだし、他の連中からは隔離状態だったようだからな。しかたがあるまい」
 どれだけ異常な状況でも、それが日常となっていれば気が付かないことが多いものだ。カナードはそういいながら、そっとキラの頭に手を置く。
「お前がその事実に気付いたのも、俺と一緒に過ごすようになってからのことじゃないのか?」
 その前までは、言われても信じなかっただろう? とさらに言葉を重ねてくる。
「そう、かもしれないね……」
 でも、それが彼等の優しさなのだと思っていたし、思っていたかった。そんなことも考えてしまう。
「あいつらが子供でいられないように、お前も変わっているだけだって」
 それに気が付かない二人の方がおかしいのかもしれないな……とカナードはさらに言葉を重ねながら、彼は指の位置を変えていく。
「だから、お前が気に病むことはない」
 それに、キラには自分がいるだろう?
 さらにこう付け加えながらそっとのど元をくすぐるように撫でてきた。
「……カナード……」
 それが別の感覚を呼び起こしてしまうのは錯覚ではないだろう。
「さっさと終わらせてしまえ。でないとこういうこともできないぞ」
 くすくすと笑いながらこう言ってくる。と言うことは、これはわざとだと言うことだろうか。
「カナード……」
「すぐにお前を送り返すわけじゃない。だから、そんなに悩むな」
 それよりも、しなければならないことをしてしまえ。そして、残された時間を有意義に使う方がいいだろう……と彼は囁いてくる。
「……うん……」
 その言葉に、キラは小さく頷いてみせた。
 それでも、と言う気持ちを抑えきれないのは、やはり自分の感情が関係しているからだろうか。そんな風にも思う。
「お前が何を心配しているのかはわからないが……俺がお前以外を選ぶはずはないだろう?」
 それに、キラが『会いたい』と言ってくるのなら、どこにいようとすぐに会いに行く。こうも付け加えてくれる。
「カナードが嘘を付くはずがないってわかっているけど……でも、うまく気持ちを整理できないんだ」
 それは、自分がおかしいからだろうか。そんなことも考えてしまう。
「……俺の方が先に悩んで自分を納得させたからだろう」
 自分も同じだ、とカナードは優しい口調で告げてくる。
「だから、自分がおかしいなどと悩むな」
 人として、当然の気持ちだろう? 口にする彼の手がさらに下へと移動していく。
「カナードってば!」
 今となってはそちらの方が問題だ。そう思ってしまう自分は間違っているのだろうか。別の意味で悩みたくなってしまうキラだった。