鬱陶しい。
 自分の側に絡みつくようにしているユウナに対して、カガリはこんな感想を抱いていた。
 確かに、ウズミが生きていたころには自分たちが婚約をするという話も出ていたことは否定しない。しかし、それは彼の死とともにご破算になったのではないか。そんなことも考えてしまう。
「カガリ・ユラ」
 本当にどうすればユウナを振り払えるか。
 そんなことを考えていたカガリの耳に聞き覚えがある声が届く。その瞬間、ユウナの動きが止まったことにカガリは気付いていた。
「何でしょうか、ロンド・ミナ・サハク」
 これ幸いと彼女は真っ直ぐにミナの方へと歩み寄っていく。
「いいのかね?」
「構いません」
 ユウナが鬱陶しかったのだ、とは口にしない。それでもミナにはわかったのだろう。彼女は口元に微かな笑みを浮かべる。
「では、こちらに。二人だけで話をしたい」
 この言葉とともにミナは視線をユウナに向けた。
「……カガリィ……」
 どうしていいのかわからない、と言うようにユウナはカガリの名を呼ぶ。
「わかりました。では、あちらで」
 本当にこいつは……と内心の怒りを押し隠すのが次第にむずかしくなってくる。しかし、人目がある以上、我慢しないわけにはいかないだろう……とカガリは必死に自分の感情を押し殺す。
「カガリ!」
「……ユウナ……ミナ様が私にいったい何をすると言うんだ?」
 同じ五氏族の首長なのに、とカガリはあきれたように口にした。
「そうだな。それに、私は女だからな」
 何をする気もないよ、とミナもからかうような口調で言葉を投げつける。ただ、話がしたいだけだ、とさらに言葉を重ねる彼女に、ユウナはどこか忌々しそうな表情を作る。
「……勝手にすればいいよ……」
 そして、吐き捨てるようにこう言うと同時に離れていく。
「いくつだ、あいつは……」
 孤児院の子供の方がまだしっかりとしているぞ、とため息混じりに呟いた。
「あれも、ある意味甘やかされて育ったからな。しかも、上の言うとおりに動くことが最善だと思っている」
 ミナの言う《上》とは誰のことか。確認しなくてもわかる。
「そうですね」
 オーブの理念を考えれば、決して許される言動ではない。しかし、今の自分にはセイランの後ろ盾が必要だと言うことも事実。
 改めて、自分に力がないことが悔しいと思ってしまうカガリだった。

「キラ! 残り時間は?」
 物陰に身を潜めながらカナードはこう問いかける。
「後十二秒だよ」
 その直前に、マニピュレーターがジャンクを敵の頭上に押しやるから、とキラは付け加えた。位置的に言って、自分たちが今いる場所からは直角方向から押し出されるから、この場から動かなければ被害は及ばないだろう。そうも口にする彼にカナードは頷いてみせる。
「カウントダウンを頼む」
「うん」
 そのまま「8・7・6・5・4」とキラは数字を口にしていく。  彼が「3」と数えたときに、ジャンクが動き出した。  連中もそれに気付いたらしい。
 だが、今となってはもう対応のと利用もないはず。
「1・0」
 キラの言葉と同時に、今まで忘れていた重みが体に戻ってくる。
 いや、それだけではない。
 周囲を振るわせながら、ジャンクが敵の上に降りそそいだ。
「……どうやら、作戦成功だな」
 連中のほとんどがジャンクに押しつぶされて戦闘不能になっている。残りの連中だけであれば、さほど時間をかけずに片づけることができるだろう。
 何よりも、とカナードは心の中で呟く。連中が使っていたパソコンも、その多くがジャンクの下敷きになっている。あれでは、持って逃げる可能性は低いだろう。
「とは言っても、油断は禁物だな」
 残されている連中は、この状況でも適切な判断を下せた者達だ。かなりの技量を持っていると言っていいだろう。
 しかし、自分はそれ以上の技量を持っている。だから、負けるはずがないのだ。
 何よりも、ここにはキラがいる。
「カナード……」
 不安そうに声をかけてくる彼にカナードは笑い返す。
「大丈夫だ。心配するな」
 こういう状況も想定してのシミュレーションは何度も受けている。そういえば、キラは少しだけ辛そうな表情を作った。
「それよりも、お前は連中がここのデーターにアクセスをしていないかどうかを確認してくれ」
 どうせ、痕跡を消してなんていないだろうからな……と付け加える。
「……確認するのは、あれに関してだけでいいの?」
「あぁ……もう一つの方は、もう、既に漏れている」
 だから、放っておけ……とカナードが口にすれば、キラは素直に頷いてみせた。彼にしても、それはわかっていたことなのだろう。
「こっちは任せておけ」
 だから、キラは……と言うカナードに、彼は小さく頷いてみせる。そして、そのままキーボードをたたき出す。
 その音を耳にしながら、カナードは意識を敵へと向ける。
 その瞬間、彼の表情は冷徹なものへとすり替わった。