「……キラが、帰ってこない?」 久々に顔を出したアスランが、子供達の話を耳にして顔をしかめる。 「最後にあいつにあったのは、誰だ?」 そして、周囲の子供達にこう問いかけた。 「……わかんない……」 だが、帰ってきたのはこんなセリフだ。 「わからない? どうしてだ!」 こんなに近くにいて、どうしてわからないと言うことがあるのか。その思いのまま、アスランは子供を怒鳴りつけてしまう。 もちろん、子供の方はどうして怒られたのかがわからないから泣き出してしまった。 何故か、一人が泣き出すと連鎖的に他の子供も泣き出してしまう。コーディネイターでは見られない反応だから、これらはみな、ナチュラル特有の反応なのだろうか。そんな意味もないことを考えてしまう。 だからといって、苛立ちが収まるわけではない。 「どうして、キラを一人にした!」 さらにこうも怒鳴ってしまう。 「いい加減にしてくださいませ、アスラン」 子供達の泣き声に慌てて駆けつけてきたのだろうか。ラクスの怒りに滲んだ声が耳に届く。その声が、アスランにほんの僅かだが理性を取り戻させた。本当に、キラのこととなると完全に理性が飛んでしまうか、と今更ながらに認識させられてしまう。 「……ラクス」 しかし、それとこれとは話が違うのではないか。 「キラでしたら、マルキオ様のご用で出かけております」 子供達を泣かせないでくださいませ、と彼女はアスランをにらみつけてきた。しかし、その視線よりも彼女の言葉の方が気にかかる。 「マルキオ様のご用って……あいつを一人で行かせたのですか!」 そんなことをして、キラの症状がさらに悪化したらどうするのか。アスランはこう叫ぶ。 「ご心配はいりません。マルキオ様が信頼されている方が一緒です」 そして、その仕事はキラ以外の人間にはできないことなのだ。何よりも、キラ自身が自分から『行く』という選択をした。だから、自分は黙って見送ったのだ、とラクスは口にする。 「あいつは、今、正しい判断をできる状況ではない!」 それはラクスはもちろん、マルキオも知っていたのではないか。アスランはそう思う。それなのに、どうして……と。 「……すぐにカガリに連絡をしないと……」 そして、キラの捜索を依頼しなければ。アスランはそう考えてきびすを返す。 「アスラン……貴方は、キラを閉じ込めておきたいのですか?」 そんな彼の背中に、ラクスの非難をするような声が届く。 「キラはご自分で判断もできます。ただ、あなた方が先回りをしてしまうから、黙っていることが多いだけです」 今でも、キラは自分で判断し選択をすることができる。それをどうして尊重することができないのか。ラクスはさらに言葉を重ねてきた。 「その結果、あいつが傷ついても、ですか?」 「キラが自分で決めたことです」 それすらも、とラクスは口にする。それをフォローするのが自分たちの役目であって、邪魔をすることは違うだろう。そうも付け加えた。 「俺にはそう思えませんね」 キラは傷ついている。だから、自分たちがもう傷つかずにすむようにしてやらなければいけないのだ。それなのに、どうしてラクスはキラを危険な場所に行かせることができるのだろうか。 「はっきり言えば、貴方の意見には反対です。カガリもそうだと思いますよ」 吐き捨てるようにこう言うと、そのままきびすを返す。そして、足早に歩き出した。 「……本当に、貴方はご自分の感情が全て、なのですね」 そんなアスランの背中にラクスのため息がぶつけられる。しかし、アスランが振り向くことはなかった。 「キラが?」 アスランの言葉に、カガリは目を丸くする。 「あぁ……取りあえず、出国しているかどうかだけでも調べたい。許可をもらえるか?」 どこかでまた何かあったなら、キラの心が壊れてしまうかもしれない。だから、とアスランは続けた。 「……そう、だな」 キラの精神状態を考えたら、確かにアスランの不安ももっともなものだ。自分にしても、彼が壊れてしまうのは嫌だ、と思う。 それなのに、何故『気に入らない』と感じてしまうのだろうか。 「そのくらいならば私の権限でも大丈夫だろう」 国内にいるのであれば他にも使える方法があるしな、と取りあえず頷き返す。 「すまない。報告はした方がいいのか?」 「あぁ」 アスランの問いかけに、取りあえず言葉を返した。 「では、手配をしてくる」 こう言い残すと、アスランは来たときと同じようなスピードでこの場を後にしていく。その後ろ姿を見送りながら、カガリは小さなため息をついた。 「……二人でいるときぐらい、私を優先しろ」 自分よりも優先されるキラがいなければ、あるいは……と考えかけて、カガリは慌ててその考えを打ち消そうとした。しかし、それが自分の本心でもあるのだろう。 キラとアスランの絆はわかっている。そして、アスランにしてみれば、彼とその家族だけが過去を共有できる存在だ、と言うこともだ。 それを言うならば、自分にとって今となっては血縁と言えるのはキラだけである。だから、大切にしたいのに……とカガリは唇を噛む。 「このままでは、お前を嫌いになってしまいそうだよ、キラ……」 それだけならばまだいい。 最悪、彼を憎むところまで行ってしまいそうだ。 「どこに行ったのかはわからないが……できれば、アスランがお前を振り切るまで、帰ってこないでくれ……」 手助けなら、いくらでもしてやるから。そう呟いた彼女の言葉を耳にするものは誰もいなかった。 |