一度臨検を受けたからか。それとも、ディアッカがこっそりと手を回してくれたのか。キラ達は予想以上にあっさりとメンデルにたどり着いていた。
 それにしても、いつ来ても寂しいところだ。
 いや、悲しいところといった方が正しいのか。
 そんなことを考えていたときだ。 「どうかしたのか?」
 カナードが声をかけてくる。
「何でもないよ。ちょっと、前に来たときのことを思い出していただけ」
 あの時、自分は真実を突きつけられたのだ。
 もっとも、その前にカガリに写真を見せられてはいた。それでも、きっと、両親が実の両親で、カガリが理由があってウズミの元に養子に出されたのだ、とそう考えていた。いや、思いこもうとしていたと言うべきか。
 あの女性はきっと、ウズミの妻だったのではないか。
 引き離される自分たちをかわいそうに思って、最後の最後に写真を撮ってくれたのだろう。いや、いずれ機会があれば、再会させてくれようと考えていたのかもしれない。
 そう考えて、自分の気持ちを落ち着かせようとしていたのも事実だ。
 だが、そんな努力すら、あの日彼が打ち砕いてくれた。
 自分は、生殖の理をはずれた《実験体》だったのか。
 その現実を突きつけられたときの衝撃は、今でも忘れられない。
「キラ」
 そんなことを考えていたキラの耳に、カナードの冷静な声が届く。
「お前は一人じゃないだろう?」
 自分がここにいるだろうと、彼手を伸ばしてキラの腕に触れてきた。
「そうだね、カナード」
 自分は一人ではない。
 少なくとも、ここに自分と同じようにしてこの世に誕生した人がいる。だから、とキラは微笑む。
「大丈夫だよ。君がいてくれるから」
 そう告げれば、カナードも微笑み返してくれる。
「着地をする。しっかりと掴まっていろ」
 だが、次にはすぐにいつもの表情でこういった。
「うん」
 ここがいつもの部屋であればともかく、ドレットノートイータのコクピットに二人でいる以上、しかたがない。それに、何があるかわからないのだ。
 荒廃した人工の大地を微かに振るわせて、ドレットノートイータは着地をする。
「……ますます荒れているな。環境維持システムに異常が出ているのかもしれないな」
 まぁ、整備もされていないのだからしかたがないのか。
 そう呟くカナードの言葉の裏に、少しだけ寂しいという感情を感じたのは自分の錯覚かもしれない。あるいは、自分がそう思っているからかな、とキラは心の中で呟いていた。

 周囲の様子を確認しながら、ゆっくりと自分たちが生まれた場所へとドレットノートイータを進めていく。
「……ジャンク屋ギルドから聞いた話だと……ここにもあそこに所属しているメンバーが何組か逗留しているはずなんだが……」
 センサーにも引っかからないとは、と呟くと同時に微かにカナードは眉を寄せる。
「いくらここが広いと言っても……今は、建物もないのに、ね」
 そういいながら、キラも持ち込んだモバイルを起動させた。この状況でも、最低限のシステムは生きているから、それにハッキングを仕掛けるつもりなのか。
「何組かは、MSも持ち込んでいるそうだしな」
 その反応すらないのはおかしい。こう言いながらも、カナードは心の中で安堵のため息を吐いていた。
 今のキラには、先ほどまでの捨てられた子犬のような悲壮感は微塵も感じられない。
 やはり、一時的にも彼の気分を浮上させるには仕事を与える方がいいのだろう。そして、それが成果を上げればあげるだけ、彼の中で自信につながっていく。それが、自分自身の存在意義を強めることになるのではないか。
 彼等には、その理屈がわからなかったのだろう。
 同時に、やはり自分はカガリが嫌いだ、とそう思う。
 キラは気付いていなかっただろうが、実は先ほど、自分の考えを口にしていたのだ、彼は。その内容から判断をして、彼女の行動が、どれだけ《キラ・ヤマト》という存在の足元を不安定にしたのか改めて認識させられてしまった。
 それでも、まだあそこで戦えたのは、きっとそんなキラを支えられるだけの度量を持った人間が側にいたからだろう。
 しかし、その人物は、既にこの世から失われてしまったのではないか。
 辛うじて、ラクス・クラインがキラの支えにはなっていたのだろう。
 しかし、本来であればそうあるべきだったアスラン・ザラもカガリ・ユラ・アスハも真逆の方向に走っていってくれた。
 そのせいで、キラが自分自身を見失ってしまったのではないか。
 それでも、この状況に素直に喜べないのは、ある意味ここも戦場に近い状況だからかもしれない。
 キラが一番輝くのが、本人が一番嫌っている場所だというのは、彼にとって不幸ではないだろうか。それでなくても、また彼が傷つくことは目に見えている。
「……生命反応はあるけど、二カ所に固まっているね」
 何か嫌な感じだ、とキラは付け加えた。
「そうだな……」
 二カ所だけというのがものすごく気にかかる。
「どことどこか、わかるか?」
 この問いかけに、キラは一瞬考え込むような表情を作った。だが、すぐに指をキーボードに走らせる。
「ここの地図が古いものしかないんだけど……」
 取りあえず重ねてみるね、と彼は言葉を返してきた。
「それで構わない」
 場所がわかれば、後はこちらで補完できる、と口にする。
「出たよ」
 五秒と待たずにキラの言葉が返ってきた。しかし、その声音が震えている。
「キラ?」
「一カ所は……遺伝子研究所、だ……」
 この言葉の裏に、キラの苦悩が感じられた。