「酷いな、これは……」
 マリューから手渡されたディスクの中身を確認していたカガリがこう呟く。
「これでは……モルゲンレーテの研究室にいるものか、軍に属しているもの、あるいはセイランにとって都合がいい者達以外のコーディネイターはこの国にいられないじゃないか」
 いったいいつの間に、と彼女は眉間にしわを寄せた。
「最初は……オーブが地球軍に占領されているころに出されたものだな」
 それから徐々に増やされていったらしい。アスランは冷静な口調でそう告げる。
「モルゲンレーテの方も、同じころからデーターの改ざんの痕跡が見られるそうだ」
 自分たちが戦っているあいだにか、とかなりは唇を噛む。
 しかし、どうして今まで自分はそれに気が付かなかったのか。
「……ひょっとして、キラはこのことを知っていたから……」
 まさかな、と呟く。だとするならば、彼はオーブから出るはずがない。自分だけ安全な場所にいることをよしとする性格ではないのだ。
 と言うことは、やはり別の理由があったと言うことだろう。
「カガリ……」
「何でもない。しかし、これでは、オーブからコーディネイターがいなくなるぞ」
 それとも、それが目的なのか。
 しかし、オーブの技術力は彼等の存在があってこそ、だろう。
「……セイランも他の二家も、どちらかと言えば、太平洋連合よりだからな、考え方が」
 今はいないウズミ達が毅然とした態度を貫いていたのをカガリも覚えている。
 しかし、自分にそれができていないと言うことなのか。
「私は、結局はただのお飾りだからな……」
 今の自分は……と言いきりたいところではある。だが、そういいきれる自信も、だんだん薄れてきていることも事実だ。
「何を言っているんだ、カガリ」
 即座にアスランがこう言い返してくれる。
「お前以外に、ウズミ様の言葉を正確に理解できているものがどれだけいるんだ?」
 あの方の言動を一番近くで見てきたのはカガリだろう? と彼はさらに言葉を重ねた。
「……アスラン……」
「大丈夫。お前ならできる」
 俺たちも付いているだろう、と笑ってくれる彼に、どうせなら『自分がいるだろう』と言って欲しかったと思うのはワガママなのか。
「カガリは強いよ。ただ、経験が足りないだけだ」
 だから、大丈夫だ……と口にしながら、彼は歩み寄ってくる。そして、そうっと頬に触れてきた。
「キラだって、そう思っているさ」
 ここで《キラ》の名前を出したのも、きっとアスランには他意はないのだろう。自分たちは姉弟だと彼も知っているのだし。
 しかし、ここでアスランの口からキラの名前を聞きたくなかった。
 そう思ってしまったのは何故なのか。
 自分だって、そうするためにキラを自分の手元に呼び寄せたのに、とカガリは心の中で呟く。
 それとも、アスランだから、だろうか。
 他の誰かの口から出たのであれば、気にならないのかもしれない。そんな風に思える。
 それはきっと、アスランが自分と同じくらいキラを好きだとわかっているからかもしれない。
 もちろん、それはあくまでも《友情》だろうが。
 いや、そうでなければおかしい。
 だが、と心の中で呟いてしまう。アスランが自分を選んでくれたのは、キラと自分が双子だからではないのか。
 もし、キラが《女の子》であったのならば、アスランは間違いなく自分ではなく《キラ》を選んだのかもしれない。そんな不安がある。
 いや、今だっていつアスランの意識がキラへ向けられるかわかったものではない。
 その感情の意味が変わらないとは言い切れないのだ。
 だから……とカガリは心の中で呟く。アスランの気持ちを、もっと強く自分に向けさせておかなければいけない。でなければ、安心できないのだ。
 いっそ……と心の中で呟きかけて、カガリは慌ててその考えを押しつぶす。
 いくらなんでも、アスランを取られるかもしれないというだけで、キラが永遠に帰ってこなければいいなんて考えてしまうなんておかしいだろう。そう思ったのだ。
 それでも、とカガリは心の中で呟く。
 キラが帰ってくる時期が少しでも遅いことを祈ってしまうのは事実だ。
 その間に、キラが《誰か》を選んでいてくれればなおさらいいだろう。それが、たとえどんな人間だろうとも、自分は祝福をしてやろう、と心の中で呟く。
 いくらアスランでも、心に決めた相手がいるのに無理強いはしないと考えるからだ。
 本音を言えば、それがラクスであればもっとよかったかもしれない。
 しかし、キラとラクスは自分とキラ以上に近すぎる。だから、キラが彼女をそういった意味で選ぶことはないという予感はあった。
 だが、あの二人が一緒にいればアスランも何も言えなかったことは事実。
 それは間違いなく、二人の見つめている世界が同じものだったからだろう。
 しかし、自分とアスランはそうではない。
 その事実が、辛いとも思う。
「……カガリ?」
 どうかしたのか? とアスランが問いかけてくる。どうやら、考え込んでしまった自分を心配してくれたらしい。
「……どうすれば、少しでも状況を改善できるか。そう思っていただけだ」
 心配してくれてありがとう。カガリは内心を隠して微笑む。
「当然のことだろう」
 言葉とともにアスランが微笑み返してくれる。この微笑みを自分にだけ向けてもらうにはどうすればいいのか。本来の目的を忘れて、カガリはそれだけを考えていた。