自分たちの進行を妨げるようにザフトの艦が停止している。
「ちっ」
 厄介な……と心の中で呟く。それでも、自分たちはまだいい。ギルドが発行してくれた正式なIDがある。
 だが、キラは違う。
 もちろん、オーブのIDを持っている人間が自分たちと行動を共にしていてもおかしいことはない。依頼者だ、といえばすむことだ。
 その内容に関しても、守秘義務を盾に黙秘を貫けばいいだけではないか。そうはわかっていても不安を隠せないのは、あちらにも《フリーダムのパイロット》の顔を知っている人間がいるからだ。
 そいつが今でもキラの味方であればいい。
 もし、そうでなければどうなるか。
「……どうしますか?」
 メリオルがカナードの意思を確認するために声をかけてくる。
「無視するのはまずいだろうな。キラには部屋から出てくるなと言っておく」
 あちらには体調不良でねているものがいると言えばごまかせるのではないか。甘い考えかもしれないが、現状ではそれが一番無難だろうとも思う。
「今、あいつらと事を起こすのは得策ではない」
 不本意だが、とカナードは付け加える。
 下手にザフトに目を付けられれば、今後の依頼がやりにくくなるのは目に見えているのだ。
「わかりました。それでは、あちらの出方を見つつ、臨検等には渋りながらも最終的には許可という方向で」
「そうしてくれ。ドレットノートイータだけは見られると少々まずいかもしれないが……」
 あれに関しては正式な譲渡契約書が手元にある。いざとなれば、マルキオに口添えを頼むだけだ。ザフトにしても、彼の存在は見過ごせないはずだし、と思う。
「大丈夫です。取りあえず、貴方はキラ君に説明をしてきてください」
 その間の対応は自分たちに任せて欲しい。そう告げるメリオルに、カナードは頷いてみせる。そのままきびすを返した。
「わかった。何かあったらすぐに呼べ」
 彼女であれば適切に対処をしてくれるとわかっている。それでも、念のためにこう言い残す。
「わかっています」
 微苦笑とともにメリオルは言葉を返してきた。
 その表情の裏に別の意味が読み取れるのは自分の錯覚だろうか。
「こんな状況で、あいつに何かできるわけがないだろうが」
 ドアが閉まったところで、カナードはこう呟く。いくら自分の常識が他人とはずれていたとしても、そのくらいの判断はできる。
「だが、そうなればキラが人前に顔を出せなくてもおかしくはないのか」
 いくら連中でも、情事の最中に踏み込んでは来ないだろう。そして、キラの方はその事実を知られたと言うことで恥ずかしがって顔を出せないと言っても納得されるのではないか。
 そんなことも考えてしまう。
「……実行に移せば、キラに泣かれるな」
 流石に、それはまずいのではないか。
 せっかく自分に甘えてくれるようになったのに、こんなことで嫌われては意味がない。
「まぁ、今でなくても、時間があるときに楽しめばいいことか」
 そちらであれば、キラも『いや』とは言わないし……とカナードは笑いを漏らす。もう、何度も体を重ねているのに、未だになれないような可愛らしい仕草を見せてくれるのも自分にとっては嬉しい。
 だから、そちらの方を大切にしよう。
「それにしても、何故、ザフトが?」
 にやけそうになる表情を引き締めるために、カナードはこう口にする。
 今まで、この宙域でザフトのパトロールと遭遇したことはない。
 それだけではなく、ザフトが動くような事件があった……とも聞いていないのだ。
「……俺が知らないところで何かあったのか?」
 ここしばらく、キラとの戯れにふけっていたせいで情報集めを怠っていた。その事実に今更ながら悔いを覚える。
 しかし、それも取り返しが付かないほどのことではないはずだ。
 こんなことを考えながら、カナードは自分たちが使っている部屋の前へとたどり着いた。
「入るぞ、キラ」
 中にいるはずの彼に声をかけてからドアを開ける。
「……何かあったの?」
 その瞬間、不安そうな彼の眼差しとぶつかった。
「あぁ。ザフトのパトロール艇と遭遇しただけだ。あれこれ言われないためにも取りあえず協力をすることにした」
 キラが心配することではない……と取りあえず付け加える。
「……ザフト……」
「おそらく、このあたりでバカをした連中がいるんだろう。気にするな」
 こちらにはギルドが発行した正規のIDがあるのだ。いくらザフトでも、何の理由もなく拘束をすることはできない。だから、何も心配するな……とカナードは言葉を重ねた。
「でも、カナード」
 自分は、とキラは言葉を返してくる。
「それもわかっている。だから、お前は取りあえず部屋の中にいろ」
 体調を崩している人間がいるからと言うことで入室を拒むから、とこう言いながら、彼の頬にそっと触れた。
「……カナード」
「何かあっても、俺がちゃんと守ってやる。だから、心配するな」
 キラは心配しなくていい。そういって微笑む。
「うん」
 それに、キラも少しだけだがほっとしたような表情を作った。
「いいこだ」
 言葉とともにカナードはそっとキラの顔を持ち上げる。そして、そっとその唇に自分のそれを重ねた。