「アレックス君。今、いいかしら」
 こう声をかけてきたのはマリア・ベルネスという偽名を使っているマリューだ。
「何でしょうか」
 できれば、今は会いたくはなかった。そうは思うが、彼女の表情を見ればそんなことを言えるはずがなく、仕方がなく聞き返す。
「ちょっと気になることがあるの。でも、私の権限では直接カガリさんに連絡を取れないので、貴方の口から報告をお願いしてもいいかしら」
 でなければ、どこかで改ざんをされてしまうかもしれないし。彼女のこの言葉にアスランは状況がさらに悪化しているのか、と眉を寄せた。
「……どうして改ざんされていると?」
 それでも、これだけは確認しておかなければいけない。間違いだったと言うことですむ話ではないのだ。
「先日、エリカ主任が提出したデーターがあったでしょう?」
 マリューの問いかけにアスランは頷き返す。
 それは自分も確認した。しかし、おかしいところはなかったように思う。
「あの後、すぐに別の実験データーが出て一部を修正しなければならなくなったのよ。それで、カガリさんの所に報告に行くというエリカ主任に頼んだの」
 だが、そこにあったものは彼女に修正を頼むために手渡したコピーと数値が違っていたのだ、という。もちろん、マリュー達が持っていたのが原本だ。
「データーを管理しているサーバーのセキュリティはキラ君が作ってくれた物だわ。だから、原本を書き換えることは不可能だと言っていいの」
 もちろん、キラであれば可能だ。
 それ以前に、保存してあったデーターはそれ以前の実験データーとの差違はなかったのだ、と彼女は続ける。
 そうだとするならば、書き換えられたのは提出後だと言うことになるのではないか。
「……確かに、そうとしか考えられませんね」
 カガリの手元に届くまでに、誰かがデーターを改ざんしている。
 報告書のフォーマットは決まっているから、途中で書き換えることも不可能ではないだろう。
 しかし、そんなことをして何の意味があるのだろうか。
「……このデーターだと、ムラサメのエネルギーシステムがオーバースペックになるの。当面は問題ないのだけど……戦闘が長期にわたるようになれば、不意にシステムがダウンしかねないわ」
 もちろん、そんな状況にならなければいいのだけれども……とマリューはため息を吐く。
「それと、他のデーターもチェックを進めているのだけれど、やはり微妙に改ざんされていたわ。そして、その結果わかったのは、完成したパーツがいくつか行方不明になっていると言うことよ」
 その後にはき出された言葉に、アスランは目を見開いた。
「本当ですか?」
「本当よ。マードック達が確認したわ」
 行方不明になった製造番号のパーツを使った機体はなかったのだ、という。
「軍の整備クルーからの報告も直接届いているから、改ざんされている可能性は低いでしょうね」
 現在、行方を確認している最中だが……とも付け加える。
「現在での詳しい報告は、このディスクに入っているわ」
 現状で判明している改ざんされた内容についても、と彼女は言葉を重ねてきた。
「わかりました」
 確かに、カガリに直接手渡します……とアスランは頷いてみせる。
「お願いね。ただでさえ、最近、退職者が多くて大変なのよ」
 それも、有能な人からやめていくから……とマリューは苦笑を浮かべた。
「もっとも、その方が彼等にとってはいいのでしょうけど」
 自分たちとは違ってこの地を離れることもできる。不当な扱いを我慢するよりは、新天地で新たな生活を始めることもいいのではないか。そうも付け加えた。
「……モルゲンレーテでもコーディネイターに圧力が?」
「そう。それも、開発部門ではない部署で、というのが気にかかっているのよね」
 あるいは、カガリと直接面識がないもの、と言うべきか。
 自分たちのように下との繋がりが深い部署にいればともかく、そうでないものであれば気付かないかもしれない。そうも付け加える。
「サハクが完全にモルゲンレーテから手を引いた途端に、これですものね」
 これからどうなるのか。そういうマリューの言葉にはアスランも同意だ。
「今、キラ君がオーブを離れているのは正解だったわ」
 しかし、この一言には引っかかりを覚える。
「キラが、どうかしたのですか?」
 いったい何が、とアスランはとっさに聞き返す。
「……キラ君が療養中だと言うことは、公然の秘密になっていることは、知っているわよね?」
 それに、マリューは冷静に問いかけてくる。
「はい」
 モルゲンレーテと軍の中で、キラがどれだけ有名人なのかは自分も知っていた。自分もよく顔見知りの者達にキラの様子を問いかけられる。それに適当に言葉を返していたことも事実だ。
「それでも、頼まれれば簡単なプログラムを作ってくれるわ」
 気分転換に、と本人は笑ってくれるけど……という言葉に、アスランはない真意かりを隠せない。キラにはそんなことをさせたくないのだ。そうすることで、彼の体調が悪化したらどうするつもりなのか、とも思う。
 それでも、キラは優しいから断り切れないのだろう。
「私たちにしても、キラ君に負担をかけるわけにはいかないから、そういうはナシはしないようにしているの。でも、そう考えない人もいるわ」
 モルゲンレーテ内部のことであれば、エリカをはじめとしたものがそれを握りつぶしている。軍にしても同じだ。
 しかし、それよりも上の者達の言葉では、そうもいかない。
「先日も、首長会の方からそんな話が出たそうよ」
「首長会、ですか?」
「えぇ。カガリさんも参加していたのではないの?」
 そんなはずはない、とアスランは心の中で呟く。彼女のスケジュールは全て、自分も把握している。
 しかし、マリューが嘘を言っているとも思えない。
「わかりました。それも含めてカガリに確認しておきます」
 まずはそれからだ。
 しかし、オーブで何が起こっているのか。それがわからない以上、迂闊には動けない。
「お願いね」
 言葉とともに離れていくマリューの背中を見送りながら、アスランは自分の無力さを改めて認識させられていた。