「……メンデル、へ?」
 カナードの言葉を聞き終えたキラの表情が強ばっている。
「あぁ。本当なら、もう少し後でいいと思っていたんだがな」
 しかし、そうも言っていられなくなったのだ、とカナードは言葉を返す。同時に、少しでもキラの不安を和らげようと思って彼の頬にそうっと触れた。
「あそこにいる《きょうだい》たちを、誰彼の目に触れさせるわけにはいかないからな」
 まして、利用なんてさせられない。
 そう付け加えれば、キラは一瞬辛そうな表情を作った。だが、それでもしっかりと頷き返してくれる。
「彼等を無に帰すか……それとも、いずれ必要とする者達のために封印しておくかは、俺たちが決めて構わない。それがマルキオ様からの依頼の内容だ」
 キラをここに連れてきたときにその選択を迫ってもよかったのかもしれない。
 だが、その時の彼では冷静な判断ができなかったのではないか。それ以上に、自分がそれをさせたくなかったのだ、とカナードは苦笑とともに告げる。
「……カナード?」
 いったい何を言っているのか。それを問いかけるように彼は視線を向けてきた。
「あのころのお前は……言っては何だが、自分自身とそれ以外の思惑の中で押しつぶされそうになっていたように見えたぞ」
 何もしない――いや、させてもらえないというのがキラの精神状態をどれだけ悪化させていたのか。本人はともかく、それを仕掛けた人間は気付いていなかっただろう。そうも考える。
「そう見えたんだ」
 と言うことは、キラ自身、少しは自覚があったと言うことか。
 それなのにあの二人の干渉から逃れられなかったのは、間違いなく、キラの心の中に刻みつけられていた《罪悪感》が原因だろう。
「あぁ。でも、最近は変わってきたからな」
 だから、大丈夫だと思ったのだ……とカナードは微笑む。
「……そうだとするなら……カナードのおかげだよ」
 そうすれば、キラもまた微笑みを返してくれる。そういってもらえるのは、本当に嬉しい。きっと、それは自分がキラを好きだからだろう。
「そうか」
 しかし、その感情を素直に表現できないのも自分だと言うことを、カナードは自覚していた。
 だが、それではキラにとっては逆効果だ。
 言葉でうまく伝えられないなら、別の方法をとればいい。
 そう判断をして、カナードは彼の体を自分の方に引き寄せる。
「こうしているのも、無駄ではないと言うことだな」
 そのまま、そっと頬に口づけながら囁く。
「カナード」
 そんな彼の腕に、キラはそっと自分の手を添えてきた。
「君が僕に力をくれたんだよ」
 だから、いまはもう大丈夫……とキラは付け加える。
「……メンデルに、連れて行ってくれるんだよね?」
 結論は、そこで出すから、と彼はさらに言葉を重ねた。
「そうだな、キラ」
 自分たちの目で確認をしてからどうするかを決めるか……とカナードも頷き返す。
「……でも、誰が?」
 ふっとキラがこんな疑問を漏らす。
「……ブルーコスモスの可能性がある、と言っていたな」
 詳しくは、いま確認しているそうだ……とカナードは言葉を返してやった。
「相手が尻尾を捕まえさせてくれないらしい」
 一流の情報屋にすらそうなのだから、かなり厄介な連中だろう。そうも付け加える。
「そうなんだ」
 どうして、誰もが彼等を静かに眠らせていてくれないのだろうか。キラはこう言ってうつむく。
「……俺も同じ気持ちだ、それに関しては」
 それでも、とカナードは言葉を重ねる。
「俺たちを生み出すために、それなりの資金がかかっている。少しでも元を取りたいと考えている連中がいたとしてもおかしくはないだろうな」
 一部とはいえ、自分やキラと言った存在が生み出されたことも知っている者達はいるだろう。
 だからこそ、話は厄介なのだ。
「あの技術は、コーディネイターの未来をつなぐ。しかし、それを軍事的に使われるのは不本意だからな」
 それ以上に、自分のきょうだいたちを好機の眼差しで見て欲しくはない。
 彼等は、この世に生まれ出ることができなかったのだ。
 それでも、彼等の存在があったからこそ、自分やキラがこの世界に生まれ出ることができたのだし、とも思う。
 自分たちと彼等の何が違うのか。
 それはわからないが、本当に些細なことだったのではないか。自分たちが彼等のようにあそこに並んでいた可能性だってあるだろう。そうしたら、こうしてキラを抱きしめることもできなかったのではないか。
 そう考えたとき、カナードの中に何とも言えない感覚がわき上がってくる。
「カナード、どうしたの?」
 急に抱きしめる腕に力をこめてしまったからだろうか。キラが不審そうに問いかけてきた。
「お前を抱きしめられる腕があってよかったな。そう思っただけだ」
 カナードは言葉を返す。
「僕は、ここにいるよ」
 だから、とキラは囁いてくる。そんな彼にカナードは静かに頷いてみせる。
 ひょっとして、キラ以上に自分の方があそこにこだわりを持っていたのではないか。その事実に気付かされてしまった。
 それでも、とカナードは心の中で呟く。それが依頼である以上、冷静な対処を取れるはずだ。いや、そうでなければならない。
 何よりも、キラの前で無様なことはできない。
 だから、自分は大丈夫だ。
 心の中で、そう呟いていた。