目を覚ましたときには、もうカナードの姿は隣にはなかった。
「……起こしていってくれてもいいのに……」
 艦内にいるとはわかっていても、それでも目を覚ましたときに隣に誰もいないという状況は恐い。自分を抱きしめていた腕が夢だったのではないか。そんな風に考えてしまうのだ。
「……割り切らなきゃいけないのに……」
 いや、割り切るというのとは少し違うのではないか。
 カナードが一緒にいてくれると言うことが夢ではないのだ、と。そして、フレイのように消えてはしまわないのだ、と認識しないといけない。この方が正しい表現なのだろうか。
「取りあえず、起きないと……」
 でなければ、カナードが心配して覗きに来る。
 それに関しては嬉しいと思う。
 しかし、ぐずぐずとベッドの上に転がっているとまたイタズラをされかねない。それだけならばまだしも、最後まで行かれてはたまらない。
 そんなことを考えながらベッドから抜け出そうとした。
「……あれ?」
 なのに、どうして床に座り込んでいるのだろうか。
「腰、抜けてる?」
 でも、どうして……とキラは本気で悩む。こんな状況になるようなことをした記憶はないのだ。それとも、していても気が付かなかったのだろうか。
「服、着よう、取りあえず」
 カナードも、どうせ後始末をするならば、そこまでしておいてくれればいいのに。
 そんなことを考えながら、きちんとたたまれている服に手を伸ばした。そのまま、またベッドに戻る。
「……立てないと、着替えにも困るんだね」
 初めて気が付いた、と意味もなく考えてしまう。これも、一種の現実逃避なのだろうか。
「ご飯も食べにいけないよね」
 また、カナードに怒られそうな気がする……とも付け加える。
「でも、まだしばらく歩けそうにないんだよね」
 本当にどうしたんだろうか。
 そう呟くとキラはまた首をひねってしまった。

 しかし、カナードにしてみれば、キラの現状は当然の事だった。いや、そうなるように、趣味と実益をかねた、と言うべきなのか。
「キラ君もかわいそうに」
 メリオルがこう呟く。
「何が言いたい?」
 そんな彼女を、カナードはにらみつける。
「彼がまだ起きてこられない理由を考えれば、答えは出てくると思いますが?」
 微かな笑い声とともにこんなセリフを返されてしまった。
 確かに、その原因は自分だろう。しかし、それにはそれなりの理由があるのだ、ともカナードは思う。
「……あいつに、先ほどの話を聞かせたくなかったからな」
 知らずにすむなら、それでいいのではないか。こう言い返す。
「確かに……あまり、のんびりとはしていられない状況になってきた、と言うことですね」
 あれのことを掴んだものがいる、と言うことは……とメリオルが言葉を口にした。
「不本意だがな」
 取りあえず、先約があると言うことで今回は突っぱねることができた。しかし、相手の方もそうなれば次を探そうとするだろう。依頼とあれば、引き受ける者も多数いるのではないか。
 だとするならば、自分たちも動かざるを得ない。
「できることなら、もうしばらく時間があればよかったんだがな」
 そうすれば、キラの方ももっと余裕が出るだろうに。そんなことも考える。
「だが、動かなければならない以上はしかたがないな」
 あれらのデーターを迂闊な人間に渡すわけにはいかない。それくらいであれば、綺麗さっぱりと消去した方がいいだろう。
 だが、あのデーターを必要とするであろう者達がいることも事実。
 この矛盾した二つのどちらを選択するのか。
 マルキオはその判断を自分たちにゆだねたのだ。
 それ――人工子宮から生まれたものである、カナードとキラに。
 破壊をしたければ、カナード一人でも可能だっただろう。
 しかし、封印となれば話は別だ。
 何よりも、事実を知らされているのであれば、キラにも選択する権利を与えなければ不公平になるだろう。もっとも、本人がそれを望んでいるかどうかと言うと話は別かもしれないが。
「ともかく、キラに話をしてこないとな」
 いい加減、目を覚ましているだろうし……と付け加えながらカナードは笑いを漏らす。
「本当に、彼も困った人間に好かれたものですね」
 メリオルはまたため息とともにこう告げる。
「メリオル?」
 何が言いたい、と言外に問いかけた。
「今日、彼の姿を見かけることができるのか、とそう思っただけですわ」
 自分の言いたいことの意味がわからないわけではないだろう。そういわれて、カナードは苦笑を浮かべる。
「相談をしなければいけないこともあるからな。今日の所はそれが終わるまでは自制するさ」
 この言葉とともに、カナードは床を蹴った。そして、キラがいるであろう自室へと移動を開始する。
「……怒鳴ってくるかもな」
 あんなことをしたし、と微かな笑みを浮かべた。
 それも楽しいと思ってしまうのはキラの様子が変わってきたからだろうか。
 こうも考えていた。