「話がしたい。お前と二人だけで」 そういわれて、キラは頷いた。落ち着いた子供を取りあえずラクスの元に行かせた。もっとも、子供の方は初めて見る顔に興味津々のようだったが。 「移動した方が良さそうだな」 その様子に、彼は苦笑とともにこう告げる。 「……そうですね……」 確かに、他の誰かに聞かれたくはない内容も含まれるだろう。そう判断をして、キラは小さく頷く。 しかし、どこに行けばいいのか、とも思うのだ。 考えてみれば、自分はあの部屋から見える場所以外、あまり知らないと言っていい。 それは、ひょっとしてまずいのではないか。そう思いながら、キラは周囲を見回す。 「こちらだ」 そんな彼の耳にカナードの声が届く。視線を向ければ、彼は既に歩き始めている。 「待って、ください」 慌ててキラは彼の後を追いかけた。 後から思ったのだが、どうして自分はあの時彼の言葉を信じたのだろうか。 どう考えても、初対面で言われていいないようではないように思う。それでも、疑えなかったのだ。 あるいは……とキラは心の中で呟く。自分たちの中で引きあう何かがあったのかもしれない。それは、同じ場所から生まれたときに刻みつけられたものなのだろうか。 そんなことも考えていた。 カナードがキラを連れてきたのは、孤児院がある場所からちょうど反対側にある小さな小屋だった。 「……ここに、いたんですか?」 部屋の中に持ち込んでいた私物を見たのだろう。キラがこう問いかけてくる。 「マルキオと打ち合わせをする関係で、な。あの人も忙しい。何よりも、子供達に知られたくないと思っていたようだからな」 今日のことは失敗だったかもしれないが……と微かな笑みとともに付け加えた。昔の自分であれば間違いなく放っておいただろう。 だが、彼もまた《プレア》とともに暮らしていたのかもしれない。そう考えたら、無意識のうちに体が動いていたのだ。 「適当に座れ」 長い話になるだろうからな……と付け加えれば、キラは小さく頷いてみせる。そして、脇にあった小さなイスを引き寄せると腰を下ろした。それを確認して、カナードもまた手近なイスに腰を下ろした。 「……貴方も……」 不意に、キラが口を開く。しかし、その後の言葉は口に出せないようだ。 「そうだ。俺も人工子宮から生まれた。お前の一年ほど前か」 もっとも、自分はユーレンが求めているレベルまで達していなかったらしい。そのまま、ヴィアの手配によって里子に出されたが……と微かな自嘲の笑みとともに告げた。 それが正しくないことは、自分がよく知っている。 だが、それを彼に言ってもしかたがないことはわかっていた。何よりも、それを話せば、きっと彼はますます自分の存在を否定しようとするだろう。それでは困るのだ。 「お前に関しては、どこまでのレベルなのかはわからない。それでも、データー上は俺と互角であるはずなんだ」 もちろん、それぞれの特性というはあるようだが……とカナードは付け加える。 「僕の他にも、生まれた人が、いたのですか?」 よかった、とその後に付け加えられたような気がするのは錯覚だろうか。 「ここに、な。もっとも、俺も自分とお前以外は知らないが」 調べようにも、自分が物心付いたときには、既にメンデルは閉鎖されていた。キラのことも、人から教えてもらわければ最後まで知らなかっただろう。そうも付け加える。 「誰、何ですか……それは」 「おそらく、ラウ・ル・クルーゼ、だろうな」 自分とキラをぶつけて、漁夫の利を狙おうとしたのかもしれないが、自分には止めてくれる人間がいたからな……とカナードは笑う。 「そう、ですか」 クルーゼの名を口にした瞬間、キラの体が強ばる。 どうやら、彼にとって《クルーゼ》の存在は鬼門なのだろう。自分が知らないところで何かあったのだろうが、あの男らしいイヤミな方法をとったものだ、とそう思う。 「……あそこに、行ったと聞いたが……」 それでも、確認をしておかなければいけない。 「……はい……」 キラは渋々と頷く。そこで何かあったらしい、とその表情から推測できた。 「もう一度、俺とあそこに行って欲しい」 さらに言葉を重ねるとキラの表情が完全に凍り付く。おそらく、二度とあの場に足を踏み入れたくない、と思っているのだろう。 「……何故、ですか」 どうして、そこに行かなければいけないのか。キラは言外に問いかけてくる。 「俺たちみたいな連中を生み出さないために、だ」 人工子宮という研究はいろいろな意味で進めて欲しいとは思う。しかし、そこから生まれた者達を《兵器》と扱うものに研究データーを渡すわけにはいかないのではないか。そう思うのだ。 「俺とお前の存在が、一部の連中に厄介な幻想を抱かせてしまったんだよ。そして、連中の常識から言えば《コーディネイター》は《道具》らしいからな」 どのような扱いをしても構わない、と考えているらしい。それだからこそ、あの戦争が起きたというのに、頑なだよな……とあきれたくなる。 だからといって、自分はもちろん、マルキオもそんなことを認められるはずがない。 「……僕は……」 「たまたま、他人より丈夫で、反射神経がいいだけの話だ。俺たちは」 戦うために生まれたわけではない。そうだろう、とカナードは問いかける。 「……そうなのでしょうか……」 「そうだ」 でなければ、自分たちが自分たちである必要がない。そうだろう、とカナードはキラの顔をのぞき込む。 「そうなら、いいですね」 こう言って、キラは淡い笑みを浮かべた。 |