「キラさんは?」
 顔を合わせた瞬間、風花は即座にこんなセリフを口にしてくれる。
「……お前は、何をしに来たんだ?」
 あまりに速攻でこう言われたせいだろうか。ある意味、逆に感心してしまう。それは、相手が彼女だからと言うのも関係しているのかもしれない。
 風花が、キラにそのような感情を持っていないことをカナードもよく知っているのだ。それでも、気に入らないというのは事実だが。
「だって、相談に乗って欲しいことがあるんだもん」
 風花は年齢相応の口調で彼女はこう言い返してきた。
「相談、ね」
 何のだか……と思わず笑ってしまう。もっとも、想像が付いているのは事実だ。
「悪い?」
「そうは言ってないだろう」
 ずいぶんとキラに懐いたものだ、と思っただけだ。そう付け加える。
「だって……キラさんだと相談しやすいんだもん」
 なるほど、とカナードは心の中で呟く。キラの性格からして、相手の話の腰を折るようなことはないだろう。だから、相談する方もじっくりと何を相談したいのかを伝えられるというわけだ。
 相手が相手だし、これ以上からかうのはやめておく。
「そういうことなら、後で、だ。今、あいつは眠っている。起きてからならいいぞ」
 疲れているようだから、起こしたくはない……と付け加えれば、風花は取りあえず妥協したようだ。もちろん、どうして《キラ》が疲れているのかはまでは説明しないが。
「なら、いいです」
 疲れているのであれば、無理に起こさなくても……と風花は素直に引き下がる。そういうところはまだ可愛いな、とカナードは笑った。
 もっとも、こちらの方はそうはいかないが。
 きっと、何故キラが起きてこられないのかが推測できているのだろう。ものすごく楽しげな笑みをこちらに向けてきている。
「それで? お前は風花の付き添いか?」
 言葉とともにリードをにらみつけた。
「いや、例の件でな。あっちの坊主が眠っているなら、話が楽だ」
 あまり聞かせたくないんだろう? と彼は付け加える。
「……それで、風花か」
 いざというときに、キラを自分たちから引き離す口実にするつもりだったのか、とカナードは頷く。
「そういうことだ。あっちの坊主ならこの子のお願いをむげに却下できないだろう?」
 相談があると言うことも嘘ではないらしいしな……とリードは笑う。
「キラは、子供には無条件で甘いからな」
 それは、マルキオの島で暮らしているからに決まっている。あの地には、マルキオに引き取られた孤児達が大勢いるのだ。そういう子供達にキラがそれなりに注意を払って暮らしていたことはカナードも自分の目で確認している。
「なるほどな」
 お前とは真逆の性格だよな……と彼は笑う。
「だから気に入っているんだよ」
 そう告げれば、彼は頷く。
「なら、きちんと守ってやるんだな」
 やはり、それに関する話のために足を運んできたのか。だとするならば、じっくりと話ができる場所の移動した方がいいだろう。
「取りあえず、食堂に移動するか。あいにく、この艦には料理用以外のアルコールは常備していないがな」
 ソフトドリンクはそれなりに充実させたが……とカナードは笑った。
「いい。自前で用意してきたからな」
 それでも、ゆっくり飲めるならありがたい……とリードは口にする。
「なら、こっちだ」
 少人数しか乗り込んでいない艦とは言え、食事をする場所と個室ぐらいは確保してある。でなければ、クルーの精神状態に悪影響を与えるだろう。だから、最低限の生活環境は整えてあるのだ。
「キラも、起きたらそちらに顔を出すと思うぞ」
 この一言で風花も追いかけてくる。
 すぐにたどり着いた先では、勝手知ったる何とやら、で彼女はさっさと自分の分のドリンクを用意した。リードはリードで持ってきたアルコールを口にしている。
「……と言うわけで、オーブの一件だがな」
 喉が潤ったからだろうか。リードが言葉を綴り出す。
「あの坊主が邪魔だと思っているのは、セイランをはじめとした親大西洋連合の連中だよ」
 というと、アスハとサハク以外の三家がそろって、と言うことか。
「もっとも、それぞれ思惑は違っているようだがな」
 中にはキラが『アスハとは関係がない』と明言することで満足しようとしている者達もいるし、それだけでは安心できないから、せめて国外に出て欲しい。いっそ、命を……と考えているものもいるらしい。
 その中でも一番厄介なのは《セイラン》だろう。
「あいつらは、坊主自我は必要ないが、その頭脳は欲しいと思っているらしいからな」
 一番始末に負えない、というリードの言葉はもっともなものだ。
「しかも、あの国は現在、さりげなくコーディネイターを追い出しにかかっている」
 それが、たんにコーディネイターを排斥するという目的ならば、まだいい。
 もっと別の目的があってコーディネイターをプラントに移住するようにし向けているのではないか。
 こう考えてしまうのは、自分だけではないだろう。
「……迂闊にキラを返せないと言うことか」
 それとも、それもマルキオには予測済みの事態だったのか。キラに知られずに対処をするために自分に任せたのかもしれない。
 もっとも、自分と彼がこういう関係になるところまでは予想の範囲ではなかっただろうが。そう考えて、カナードが微かな笑いを漏らしたときだ。
「……キラさん!」
 嬉しそうに風花が立ち上がる。
「え? 風花ちゃん?」
 どうやら、今起きたらしいキラが食堂の入り口から顔を覗かせているのが確認できた。
「お前に相談があるそうだ。食事をしながら付き合ってやってくれ」
 言葉とともにリードに目配せをする。そうすれば、彼も頷き返してきた。
「俺は打ち合わせをしてくる」
 こう言えばキラは何の疑いも持たないだろう。そう考えながら、カナードは立ち上がった。