しかし、どうして今までこの事実に気が付かなかったのか。
「……オーブからコーディネイターがプラントに移住していっているのは、世界が不安定なせいだと思っていたが……」
 それだけではなかったのか、とアスランはため息をつく。
 自分が知らないところで、コーディネイター達に対する様々な圧力が生まれていた。その多くが首長会の議決を必要としないレベルの条例だ。これでは、カガリですらチェックできなかったのではないか。
「しかし、どうする?」
 一度決まった条例を撤回させるのはむずかしい。
 だとするならば、別の緩和策を考えるしかないのではないだろうか。
 しかし、いったいどうすればいいのか。
「……こいつらは、オーブを支えているのがコーディネイター達の技術力だとわかっていないのか?」
 彼等の存在が失われれば、モルゲンレーテの技術力は今の水準を保つことすらむずかしくなるだろう。
 それとも、モルゲンレーテだけはこの規制を受けていないのだろうか。
「その可能性はあるな……」
 だとするならば、早急に調べ上げた方がいいだろう。そして、カガリに報告しなければいけない。
 だが、カガリにしてもこれを翻させるのはむずかしいはずだ。だから、これよりも優れた対案を出さなければいけない。それを用意するのも自分の役目ではないか。
 それはわかっている。
 しかし、それを受け入れがたいのは、この作業をしている間はキラを捜す時間を作ることは不可能だ、と言うことかもしれない。
「……キラ……」
 できれば、彼を探すことを優先したい。
 彼の存在を今すぐに取り戻したい。
 だが、カガリを放り出していくわけにはいかないだろう。
「二人とも、大切だから、な……」
 でも……とアスランは言葉を重ねようとした。しかし、すぐにそれを打ち消す。
「キラを迎えに行くためにも、こちらを解決しないとダメか」
 その代わりにこう呟く。今のキラは、自分を守ることもできないのだから、少しでも安全な環境を与えてやらなければいけない。そうでなければ、自分は安心してカガリの側にいられないだろう。
 キラには、静かな場所でいつでも微笑んでいて欲しい。そして、自分たちを出迎えて欲しいと考える自分がどれだけ勝手な人間なのか。アスランは気付いてはいなかった。

 ゆっくりとまぶたが持ち上げられていく。その下から、自分のものと同じ色の瞳が現れた。そこには、まだためらいの色が残っている。しかし、その瞳に先ほどまであった感情の揺れは感じられない。
「……キラ……」
 決して自分からは口を開くまい。そう思っていたにもかかわらず、彼の名前が唇からこぼれ落ちてしまう。
「僕は……大切な人をもう、失うのは、いやなんです」
 だから、特別な存在を作りたくなかった……とキラは言葉を重ねる。
「……優しくしてくれたから、好きになった。そう思っていた人がいました。でも……彼女が優しくしてくれたのは、僕を利用したかったから、だった」
 それでも、彼女の手を放せなかったのは……誰かの温もりが欲しかったからかもしれない。側にいてくれるなら、本心を偽られても構わない。そんな浅ましい考えを持っていた。
 でも、最初からずれて重ねられた積み木はいつか崩れる。
 最初の目的と彼女の言動が微妙に変わってきてたことには気付いていた。
 自分の気持ちもだ。
 だから、最初からやり直そうとしたのに……気が付いたときにはななす事もできない状況になっていた。
「でも、あそこで再会できて……守ることができて……後一息で指先が触れあいそうだったのに……」
 それなのに、自分は守ることができなかった。
 目の前で霧散していくシャトルを、呆然と眺めているしかできなかったのだ……と口にするキラの口調は淡々としたものだ。しかし、彼の瞳からは涙が次々とこぼれ落ちていく。
 それが、キラの心の傷の深さを改めて認識させてくれる。
「……キラ……」
 彼が心の中に隠していた感情を表に出してくれたのは嬉しい。
 しかし、そのせいで心の傷がまた開いてしまったのでは意味がないのではないか。
「そもそも、僕たちの関係が何だったのかも、わからないんです……」
 そんなカナードの気持ちとは裏腹に、キラはさらに言葉を重ねていく。
「一緒にいれば、少なくとも彼女の温もりは暖かかったから……それを《恋》と勘違いしたのかもしれない……それはうすうす感じていたけど……だからといって、ラクス達に抱いている気持ちも《恋》とは違うような気がします」
 むしろ、肉親に対するそれに近いのではないか。キラはそうも付け加える。
「だから……僕が貴方に抱いている気持ちも、同じ存在だという貴方に対して肉親としての好意なのか、それとも別の理由から来ているものなのか、わからないんです」
 はっきりと『カナードに好意を抱いている』とキラは認めた。
 それでも、自分の感情の根底が何であるのかはわからない。こうも断りを入れている。しかし、そちらの方がカナードにとってはどうでもいいことだ。
 重要なのは、彼が自分に好意を抱いていることだけ。
 それを自分が望む形に変えていけばいいだけのことだろう。
「……でも、貴方を失いたくない……と言うのだけは本当です」
「わかっている」
 今のところはそれで十分だ。
 こう囁きながら、カナードはそっとキラの涙を自分の唇ですくい取る。塩辛いはずのそれがどこか甘く感じられてしまったのはどうしてなのだろうか。
「お前が俺を好きだと言ってくれるだけで、今は満足しておく」
 流石に、この状態のキラにつけ込むのはまずいような気がする。
 最初はそうしようとしていたと言うことは否定しない。しかし、キラの心の傷の原因がわかってしまった以上、拙速な行動は逆効果だろうと思うのだ。
「それに、まだ時間はあるからな」
 まだ当分、キラは自分の側にいる。
 その間に何とかできるだろう、とカナードは思う。
「でも、これくらいは許可しろ」
 これが自分勝手な言葉だとはわかっている。それでも、と心の中で付け加えながら、キラの唇に自分のそれを重ねた。