だからといって、その後強引に物事を進めたわけではない。 キラが落ち着くまで取りあえず待ってみよう。そうすれば、自分から話してくれるかもしれない。そんなことも考えていた。 それでも、そろそろ限界かもしれない。カナードがそう思ったときだ。 「……僕なんて……」 キラが小さな声で呟きを漏らす。 「好きになってくれた人を、不幸にするだけなのに……誰も、守れないから……」 だから、ともう誰も好きにならない方がいいんだ……と、キラはようやく自分の心の中に隠していた言葉をはき出した。 その事実自体は嬉しい。 しかし、その内容は……と言うと逆だ。 「キラ……」 さて、何と言えば理解してもらえるか。それが一番むずかしい点だろう。 しかし、今を逃せば二度とチャンスは回ってこない。それもわかっている。 「俺は、お前に守ってもらわなければならないほど、弱いか?」 取りあえずこう問いかけてみた。そぅすれば、キラは首を横に振ってみせる。と言うことは、カナードの実力をそれなりに評価してくれていると言うことなのだろう。 「……でも……」 しかし、キラはすぐに何かを口にしようとする。 「俺とお前は、ある意味同じ存在だ。そうだろう?」 それよりも早くカナードは口を開く。 「お前が他人を不幸にするだけ、というのであれば、俺だってそうではないのか?」 キラがそんな馬鹿なことを行ったのは、間違いなく自分たちが母親の胎内ではなく《人工子宮》で育まれたことが関係しているのではないか。 それを誰かに悪し様に言われたからかもしれない。 戦時中では相手の動揺を誘うのはある意味常套手段だ。しかし、キラにとって見ればそれは体に直接ナイフを突き立てられるよりも辛いことだったのかもしれない。 「カナード、それは……」 違う、とキラの瞳が語っている。 「同じ事だ」 だが、それを認めるわけにはいかない。 「俺とお前の違いは、戦争をするために訓練をしてきたか来なかった、ぐらいだ。それ以外の違いはない」 もちろん、これは嘘だ。 キラが義理の両親――心情的に言えば、間違いなく彼等はキラにとって実の両親だ――から受けた愛情を自分は知らない。 しかし、その代わりにキラのそれが手に入ればいいことだ。 「……まぁ、逆に言えば俺に好かれたことでお前が不幸になる可能性はあるがな」 小さな笑いとともにこう言ってやる。そうすれば、キラはそんなことを考えていなかったという表情を作った。 「何よりも、俺はお前に守られる必要はないからな」 逆にキラを真これるだけの力を持っている。そんな自負もある、とカナードは笑ってみせた。 「それでも、まだ不安か?」 この問いかけに、キラは困惑を隠せないという様子で視線を揺らす。本来であれば視線をそらせたいのだろうが、カナードの指が彼のあごを押さえている以上無理だ。 「そんなに、俺は弱いか?」 卑怯な問いかけかもしれない。それでも、ついついこんなセリフを口にしてしまう。 「カナードは、強いよ……僕が知っている人たちの中では一番……」 「だろう?」 言葉とともに力強い笑みを口元に浮かべた。 「だから、お前が心配するようなことにはならない。それでも、まだ不安か?」 また同じ問いかけを口にする。 ここまで言われてしまえば、キラが口にできる答えは一つしかない。 「……不安じゃ、ない。でも……」 それでも、カナードを不幸にしてしまうかもしれない。キラは頑固にもまたこんなセリフを口にした。 「それを決めるのはお前じゃない。俺だ」 誰かを好きになってその相手を失うことになったとしても『出逢えたことが幸せだった』と考える人間だっている。風花とプレアの二人がそうだろう。キラの側にだって、そう考えている人間はいるのではないか。 「……でも……」 「まだ、何か問題があるのか?」 カナードはできる限り優しい微笑みを浮かべると問いかけた。 「言っておくが、性別の話は問題じゃないからな。少なくとも、俺に関しては、だ」 そんなものは、自分の気持ちに気づいたときに一応悩んだからな、とカナードは笑う。だから、自分にとっては解決済みの問題だ、とも付け加えた。 「後は、お前の気持ちだけだ」 さらに言葉を重ねれば、キラの表情が複雑なものへと変化をする。 やがて、何かを考えるかのように彼のまぶたが、自分と同じ色の瞳を隠す。 いったい、彼の脳裏の中でどのような考えが巡らされているのだろうか。それを知りたいと思ってしまう。 それでも、無理矢理言葉を引き出すようなことはしない。 これだけはキラの判断を優先したい。でなければ、意味はないのではないか。 しかし、彼が自分の気持ちを受け入れてくれるかどうかはわからない。それだけが不安だ、とそうも思う。 彼がまた瞳を開けるまでの時間が、ものすごく長く感じられた。 |