いったいどれだけの時間が経ったのか。
「……待つことにはなれているはずだったんだが……」
 それでも時間の経過がわからなくなっている。それだけではなく苛立ちか恐怖かよくわからない感情が自分の中に存在していることにカナードは自覚をしていた。
 しかし、恐慌に陥ることはない。それどころか、まだそんな自分を観察できる余裕があった。
 キラが自分を見捨てられるはずがない。だから、必ず向かえに来るはずだ。その確証があるからだろう。
「問題は、エアか」
 こちらには限りがあるからな……と考えると、劾達のことが気になる。
 彼等がどのような状況にあるのかはわからない。それでも、MSで発進した後ならかなりまずい状況になっているのではないか。
 だが、彼等であれば、その対策ぐらいはきっと取っているはず。だから、心配はいらないだろう。
 もっとも、風花は心配でたまらないだろうが。
 そんなことを考えて口元に苦笑が浮かべる。メリオルが一緒にいるから心配はいらないとは思うが。そんなことも心の中で付け加えた。
 その時だ。
『カナード?』
 不意にキラの声が耳に届く。
「……幻聴か? まずいな」
 エアが足りなくなるまでにはまだ時間があるはずだが……と心の中で付け加える。ひょっとして、どこからかエアが漏れているのだろうか。
『カナード、無事? 無事なら、ハッチを開けて!』
 しかし、次の瞬間、さらにはっきりとキラの声が聞こえた。しかも、どう考えても幻聴ではない。
「キラ?」
 いったいどうしてここにいるのか、と思いながら、カナードはハッチを開ける。そうすれば、完全に開ききる前にカナードの予備のパイロットスーツを身に纏った人影が滑り込んでくる。
「対策用のソフトを保ってきたから入れさせてね」
 そうしたら、普通に動かせると思うから……とキラは付け加えながら、シートの脇に足を付けた。
「……それよりも、そんな装備だけできたのか?」
 パイロットスーツはコクピット内での作業を中心に作られている。だから、ほんの僅かな衝撃でも破れやすいのだ。それなのに、とカナードは眉を寄せる。
「ううん。劾さんに送ってもらったんだ」
 だから、パイロットスーツで移動したのはアストレイのハッチからドレットノートイータのハッチまでの間だ……とキラは言葉を返してくる。
「本当は、先にカナードの所に来たかったんだけど……風花ちゃんの顔色が悪くて。だから……」
 先に彼等の方を探したのだ、とキラは申し訳なさそうに付け加えた。ドレットノートイータの場所だけはモニターできていたから、とも。
「間に合うように来てくれたのだから構わない」
 それよりも作業を、と言外に付け加える。
「……うん」
 しかし、その事実を本当に気にかけているのか。キラの声音には力がない。
「その後で対策を考えなければな」
 ほら、来い! と彼の腕をひく。そして、自分の膝の上に載せた。
「この方が作業がしやすいだろう?」
 そういいながらさりげなくキラの体を抱きしめてやる。
「……カナードの邪魔になるよ」
「ならないから、気にするな」
「……カナードがそういうなら……」
 こう言いながら、キラは腰に付けたポーチからデーターカードを取り出す。そして、シートの下からキーボードを引っ張り出した。
「OSのロックをはずして貰っていい?」
 そうしたら、組み込むから……と付け加える彼に頷くと、カナードはキラの背中に覆い被さるようにしてキーボードを操作する。その間、さりげなくキラが視線をそらしたのは、間違いなくパスワードを見ないようにと言う配慮からだろう。
 そこまでしなくてもいいのだが。
「いいぞ、キラ」
 でも、彼がそれを礼儀だと思っているのであればそうさせておこう。カナードは心の中でそう呟く。
「ありがとう」
 視線を戻すと、キラはカードを読み取らせる。そして、手早くいくつかのキーを叩いた。
「OSとは別系統にしてあるから、必要がなくなったら削除して。アストレイでは、取りあえず起動に支障はなかったけど……」
 でも、万が一のことがあるかもしれない。その時は、劾が運んでくれるはずだ……とキラは付け加える。
「わかった」
 その言葉に頷くと、カナードはその体勢のままドレットノートイータを起動しようとした。
「カナード! 僕、どくから」
 慌ててキラが膝の上から逃げ出そうとする。
「いいから。この方が俺が安心できる」
 だから大人しく座っていろ、と口にすればキラはしかたがないというようにため息をついた。
「……でも、カナードが無事でよかった」
 それにまぎれるように、彼はこう呟く。
「キラ?」
 俺は死なない……とカナードは小さな笑いとともに言い返す。
「……でも、間に合わなかったかもしれないし……もう、大切な人を守れないのは、いやだ……」
 だから、と彼は付け加える。
 彼の言う『大切な人』とはどのような意味なのだろうか。もちろん、それが自分のことを指していると言うことは疑う余地もないことだ、とカナードは考えている。
 同時に、このような状況だからこそ、キラから本音が漏れたのだろうと言うことも、だ。
「ちゃんと間に合っただろう。誰も死んでいない」
 だから、安心しろ。
 言葉とともに、そっとキラの手を握りしめてやる。ついでに、向こうに戻って落ち着いたら、キラの本意を引き出してやる……とも心の中で誓っていた。