カナードにしても何も考えずに発進したわけではない。キラほどではないが、自分もそれなりの実力を持っているという自負があったのだ。
 しかし、それは思い上がりだったのかもしれない。
「……ちっ!」
 完全にドレットノートイータを停止させ、OSに食い込もうとしているウィルスを駆除しようとキーボードを叩いていた。しかし、どうやら相手のプログラムはその動きを関知して自分のプログラムを変化させていく形式のもらしい。
 つまりは、その動きを完全に停止させなければ、いくら防ごうとしてもいたちごっこにしかならないということなのだろう。
「……このプログラムを作った人間は、底意地が悪いな」
 間違いなく、いずれ対策を取る方が疲れてしまうことも考慮に入れているはずだ。そして、確実に目的を達することができる。
 こう考えれば、適切なプログラムだろう。
 もっとも、それは戦場で特定の目的にだけ使われた場合だ。
 現状のように不特定多数に向けられているのであれば、ウィルスと変わらない。
 これは、キラに告げたようにさっさとシステムをダウンさせてそれから改めて対策を取った方がいいかもしれないな、と心の中で呟く。
「劾も、これに巻き込まれたか?」
 だから、連絡が取れなくなったのではないか。
「……なら、この判断も間違いではないと言うことか」
 思い切り不本意だがな……と呟きながら、カナードはOSを緊急終了させる。
「後は……みなが来るのを待つしかないか」
 緊急信号だけは自動で発進されているはず。だから、キラが対策を終えた後に必ず探しに来てくれるはず。
「あいつに重荷を背負わせるような状況、というのは不本意なんだが……」
 それでも、プログラムに関してはキラの方が実力が上だ。それを認めることはやぶさかではない。同じような存在として生まれてきても、今まですごしてきた環境が違うのだからそれが当然だろう。
 そして、今はそれがプラスに働いていると思う。
「とは言っても、黙って待っているのは不本意だからな」
 それなりに努力はしてみるが……とカナードはため息をつく。
 はたしてどこまで可能だろうか。
「まぁ、暇つぶしにはなるだろう」
 これは違うと思うのだが、そうとしか言いようがないのだからしかたがない。そんなことを考えながら、カナードは取りあえずドレットノートイータのOSを呼び出した。

「ドレットノートイータ、ロストしました!」
 この言葉に、キラは心臓を鷲掴みにされたような感覚に襲われる。
「緊急信号が確認できていますので……おそらくは、何かあってシステムダウンしたと思われます」
 この言葉が後に続いたが、それでも胸の痛みは減らない。万が一の可能性を否定できないからだ。
 だからといって、ここを放り出していくわけにはいかない。
「……カナードは『大丈夫だ』って言ったから……」
 その言葉を信じよう、とキラは思う。
 彼は強いから、とも心の中で付け加えた。いや、自分に言い聞かせたという方が正しいのかもしれない。
「カナードでも対処が難しいと言うことは、何か特別なプログラムだったと言うことだろうから……」
 ならば、いちいち対処するよりも最初から食い込ませないようにするべきか。
 それとも、相手のプログラムにあわせて自動的にワクチンを構築するようなものを作った方がいいのか。
「……自動生成プログラムだと、MSにも応用が利くかな?」
 ハッキング用に作ったプログラムを応用すればそう時間はかからずに書き上げることは可能だろう。問題は、どこまでプログラムを軽くできるか、だ。
 あまり重くては、とっさの反応が遅れる可能性がある。
「ともかく、やってみないと……」
 幸か不幸か、現在、この船には何の反応も来ていない。だから、その時までに書き上げてしまえば間に合うだろう。そう判断をすると、キラはエディターを立ち上げた。そのままできる限りの早さでキーボードをたたき出す。
「キラさん?」
 風花が声をかけてきても、言葉を返す余裕も惜しい。
 少しでもこれを早く完成させられれば、カナード達にも渡せるだろう。そうなれば、彼のドレットノートイータも息を吹き返すはずだ。
 自分の機体が翼を取り戻すことができればどれだけ心強いのかを、キラ自身もよく知っている。
 ストライクもフリーダムも今は失われてしまったが、それでもあの機体があったからこそ、自分は戦うことができたのだから。
 それでも、とキラは唇をかみしめる。
 守りたかった人たちを何人も失ってしまった。
 どれだけ力があっても、守りたい人たちを守れなかったら意味がないだろう。そう思うのだ。
 だから……とキラはさらにプログラムを打ち込んでいく。
 せめて、今一緒にいる人たちだけは何としても守りたいと思う。
 今、自分にできることはそのくらいだけなのだし、とも。
 何よりも、カナードに無事でいて欲しい。彼は強いから、自分の手助けなんて必要ないかもしれない。それでも、と思うのだ。
 でも、どうしてカナードなのだろう。
 こんな疑問がふっと心の中からわき上がってくる。
 しかし、今はそれについて考えている場合ではない。
 カナードが無事であれば、後でいくらでも考える時間はあるはずだ。だから、とキラは最後のキーを叩く。
「メリオルさん」
 顔を上げると、現在、艦の責任者である女性に向かって呼びかけた。
「取りあえず、対策用のプログラムを組んでみました。艦のシステムとは別系統で動くようにしてありますが、マザーに入れても構いませんか?」
 この言葉に彼女は一瞬目を丸くする。
「もちろんよ」
 だが、即座に言葉を返してきた。
「……今の時間で作ったの? 凄い」
 風花が感嘆の声を上げる。
「確認していないけど、多分、MSでも使えると思うよ」
 だから、みんなを発見できれば、機体にあわせて修正もできるだろう。そうなったら、多分普通に動けるはずだ。
「その前に、みんなを捜さないといけないんだろうけど」
 まずはカナードだろうか。そう付け加えた瞬間、胸の中でまた何かがざわめくのをキラは感じていた。