「カガリ!」
 執務を終えてようやく私服に着替え終わったときだ。ノックもせずにアスランが室内に踏み込んでくる。
 その行為は、ある意味いつものことだ。
 だが、今日は表情がいつもとは違っていた。
「キラを見つけた、というのは本当なのか!」
 明らかに怒気を含んだ視線で彼はカガリをにらみつけてくる。
「それなのに、どうして、俺に知らせてくれなかった!」
 さらに彼はこう怒鳴りつけてきた。
 いったい、誰が彼にその事実を伝えたのか。それとも……とカガリは微かに眉を寄せる。
「キラを見つけたらしい、とは確かに連絡があった」
 取りあえず、ある程度は教えなければいけないだろう。そう考えながら、カガリはゆっくりと口を開く。
「カガリ!」
「落ち着け。しかし、それが本当にキラだったのかどうかは確認できていないんだ」
 こちらは嘘だ。
 あの場にいたのは、間違いなく《キラ》だ……と報告を受けている。しかし、それをアスランに告げるわけにはいかない。そんなことをすれば、彼は即座に飛び出して行ってしまうだろう。
 それでは困る。
 明日には、太平洋連合の使者がやってくることになっていた。その時に、自分の側にいて欲しいのだ。それだけで、自分は頑張れるのだから、とカガリは心の中で呟く。
「確認しようとしたら、既にその場を離れていたそうだ。今、行く先を探させている」
 だから、次の報告が来るまで待て……とカガリは続ける。
「そんな悠長なことを!」
「しかたがないだろう……私にはこれ以上の権限がないんだから……」
 自分で認めるのも悔しい。
 しかし、それが現実である以上、認めないわけにはいかないのだ。
「それに……他の首長家の中に、キラを排除しようと考えている連中もいるんだ……」
 だから、彼等はあれほどまでにキラを捜すことに非協力的なのではないか。カガリはそう考えている。
「……誰だ、そいつは……」
 何を考えているのか、とアスランは怒りを通り越してあきれているようだ。その気持ちは、カガリだって同じだ
「わからない。あいつらが私に尻尾を掴ませるものか」
 しかし、このままではマルキオの言うとおり、あちらにいる方が安全かもしれない。少なくとも、普通にしていて襲われることはないだろう。カガリは悔しげにこう告げる。
「……そうかもしれないが……」
 それでも、アスランはまだキラを今すぐに連れ戻したいという気持ちを捨てきれないらしい。
「今は、マルキオ様の言葉を信じて……連中の尻尾を先に掴んでしまいたい。そうでないと、安心して呼び戻せないからな」
 協力してくれるだろう? とそんなアスランに問いかける。
「キラのために」
 こう言えば、間違いなくアスランは断れない。
 しかし、こんな風に《キラ》の名前を利用するのは卑怯だと言うこともわかっている。
 それでも……とカガリは心の中で呟きながら、アスランを見つめていた。

 どうしても劾達と連絡を取ることができない。その事実に、風花は今にの倒れそうな顔色をしていた。それでも、彼女はぎゅっと唇を噛んで立っている。
 そんな彼女の態度に、キラは名にも言葉をかけることができなかった。
「……ともかく、合流地点へ行くぞ」
 カナードがこう告げる。
「キラ」
 その後すぐに、彼は呼びかけてきた。
「何?」
 緊迫した声音に、キラもまた緊張を隠せない。それでもしっかりと自分と同じ色の彼の瞳を見つめ返す。
「艦のシステムに異常が出ないかどうか、確認できるか?」
 異常が出たところで動きを止めれば、あるいは……とカナードは言外に付け加える。
「システムをモニターできるから大丈夫だよ。必要なら、対策も取れると思う」
 しかし、それには艦のシステムに手を加えなければいけないけど……とキラは続ける。
「このかんの基本システムはアークエンジェルと同じだから」
 キラの言葉にカナードは頷いてみせた。
「わかった。それなら、そちらを頼む。俺はドレッドノートイータで先行をする」
 あちらの様子を少しでも早く確認しないといけないから、と彼は言い切る。
 うまくいけば、対策も取れるかもしれないから……と言うのは、風花に向けられた言葉だろうか。
「カナード!」
 しかし、キラには『無茶だ』としか思えない。
 MSのシステムにどのような影響があるのか、まだわからないのだ。
「大丈夫だ。いざとなれば、全てのシステムをシャットダウンすればいい。後は……お前達が近くに来てくれるまで大人しくしているさ」
 おそらく、劾も同じような行動を取っているだろう。だから、とカナードは笑う。
「その時は、お前が迎えに来てくれればいい」
 さらにこう言われてしまえば、キラにはもう止めることができない。
「後は任せた」
 カナードはキラに向かって微笑みかけてくる。そして、そのままデッキへ向かって移動を始めた。
「……すみません。この端末に艦のシステムに侵入する許可を……」
 その後を追いかけそうになる自分がいることに、キラは気付いている。しかし、その気持ちを無理矢理押し殺すと、こう告げた。