そんなキラの様子に、カナードはもちろん、風花も気付いているようだった。
「……なやんでいるよね、キラさん」
 小さな声で、彼女はこう口にした。
「悩んでいるんじゃなくて、あれは現実から目をそらしているだけだ」
 彼が本当は自分にどのような感情を抱いているかなんて見ていればわかる……とカナードは笑う。
「まぁ、すぐに認められないという理由もわからないでもないけどな」
 先日、マルキオからメールが来た。そこには、ラクスから聞いたという話が書かれてあったのだ。その内容を見た瞬間、カナードは何故、キラが誰かに好かれると言うことを怖がっているのかがわかってしまった。
 目の前で大切だと思っていた存在に死なれてはトラウマにもなるだろう。もう少しで手が届く距離であればなおさらだ。
 プレアのように全てを終わらせての死ではないようだし……と心の中で呟く。
「でも……」
「……お前が未だに、プレア以外の男に目を向けられないのと同じだ」
 ちょっと酷なセリフだろうか。そうは思うが、ついついこんなセリフを口にしてしまう。
「……そういうことですか」
 だが、彼女もそれで自分の非を認識したらしい。すぐに表情を曇らせる。
「それがわかっていても、カナードはキラさんが好きなんですよね?」
 しかし、即座に思考の矛先を変更したらしい。こう言うところは小さくても女だな、とカナードはため息をつく。
「しかたがないだろう。あいつがすぐに吹っ切れないのと同じように、俺もあいつを諦めきれないんだから」
 まぁ、無理強いはしないけどな……と口にする。
 そんなことをしなくても、いずれはキラも吹っ切れるだろう。あまりいいことではないかもしれないが、自分は執念深い方だし……とカナードは心の中で付け加えた。
「まぁ……頑張ってね」
 応援しているから、と少しもそう思っていないような口調で言われても素直に頷けない。
 それが表情に表れたのか――あるいは、本人が予想していたのか――風花はさらに小憎たらしいセリフを重ねてくれる。
「カナードは執念深いから放っておいてもいいけど、キラさんって、ものすごく繊細な一だもん。どっちを優先させるかというと、決まっているじゃない」
 キラを応援する! と言外に付け加えられた。そんな彼女にカナードは苦笑を返す。
「それはいいが、邪魔をするなよ?」
 そんなことをしたら、尻を叩く程度じゃすまないからな、と付け加える。
「何よ、それ!」
「何って、子供をしつけるときの常套手段なんだろう?」
 キラがそういっていたぞ、とカナードはさらに唇の端を持ち上げた。
「年齢的に言えば、お前はまだまだ《子供》の範疇にはいるからな」
 頭の中身や経験は全く別だが、と取りあえず付け加えておく。
「……そんなこと言って……やっぱり、カナードってデリカシーがないわ」
 悔し紛れだろうか。風花はこんなことを言い返してきた。
「そんなものとは無縁の生活をしてきたからな」
 もっとも、キラの心だけは傷つけないように気を付けてはいる。それが最低限の礼儀だろう。そう思うのだ。
 しかし、それが難しいと言うことも否定はしない。
 キラにとっての地雷が何であるのか、まだ完全につかめないのだ。
 本当に、無自覚にキラを傷つけまくってくれた存在を今すぐにでも闇討ちにしてやりたい気持ちになる。しかし、下手にそれをすると後が厄介なことになる。そう判断をして我慢をしているのだ。
「それでも、カナードって本当に柔らかくなったわよね」
 出逢ったころとは大違い、と風花は笑う。
「風花?」
 いい加減にしろよ、とカナードは少しだけ声を荒げる。
「だって、本当のことだもん」
 だから、いきなり子供の口調になるな。
 間違いなく、彼女は子供と大人の口調を使い分けている。それも、自分に有利になるようにだ。
「仕事の話は終わった?」
 本気で一度怒鳴りつけてやろうか。そう思った瞬間、絶妙のタイミングでキラが口を挟んでくる。
「終わったなら、風花ちゃんを借りていいかな?」
 取りあえず、頼まれていたものができたんだけど……と彼は首をかしげてみせた。自分がやれば気持ち悪いとしか言えない仕草も、キラであれば可愛らしいと思える。
「できたんですか?」
 嬉しそうに風花が彼へと視線を向けた。
「でも、まだ一時間も経っていませんよ?」
「前に、同じようなプログラムを作ったことがあるから」
 ダイエットのためのだけど……とキラは続ける。しかし、風花には必要ないだろう、とも彼は口にした。
「私には必要なくても、お母さんには必要なんです」
 傭兵は体が資本だから、と風花は真顔で主張をする。それでも、母にはやっぱり綺麗でいて欲しいのだ、とも。
「そうなんだ」
 キラが微苦笑とともに言葉を返している。
「ダイエットにも使えるのですか?」
 そこで二人の会話は一段落付いたと思ったのだろうか。メリオルもまた、興味を示している。
 本当に女というものは、どうしてそんなことに興味を持つのだろうか。そんなことも考えてしまう。
 しかし、目の前ではキラが少しはにかんだような表情で二人の賞賛の言葉を受け止めている。それで彼が少しでも自分に自信を持ってくれればそれでいい、と心の中で呟く。
 そうすれば、きっと、自分に行為を向けられると言うことも自然なことと受け入れられるようになるのではないか。そうも考えるのだ。
「あいつに足りないのは、そういうところだろうからな」
 さて、自分も参加してくるか。そう呟くと、カナードはキラ達の方に移動を開始した。