しかし、いい意味で予感がはずれてくれた。
「……劾! カナード」
 部屋の隅に避難していた風花が嬉しげに名前を呼んでくる。そんな彼女をかばうかのように抱きしめていたキラも、カナードの姿を確認して、ほっとしたような表情を浮かべた。
「何があったんだ?」
 さりげなく二人に歩み寄りながらこう問いかける。
「ばくちの借金を清算しろとかしないとか……要するに、そういうことらしいです」
 きまじめな口調で風花がこう報告をしてきた。その言葉に、カナードは何と言っていいのかわからない。
「……まぁ、そういうこともあるな」
 まったく、子供の前で……と思わず呟いてしまう。
「私は子供じゃないです!」
 即座に風花が言い返してくる。
「子供だろう。中身はともかく、実年齢は、な」
 あの二人のうちどちらかの体に押しつぶされただけでケガをしてしまうのは、目に見えているだろう……とカナードは口にした。
「……カナード……」
 その時は、とキラが脇から口を挟んでくる。そんな態度も、連れてきた当初は見られなかったものだ。
「今日の所はキラが一緒だったかもしれないが、いつもそうだと限らない。お前が立派なサーペントテールの一員だとは知っているが……だからこそ、危険からは少しでも遠ざかるべきだ」
 せめて、もう少し体の方が成長するまでは……とカナードが続けたときだ。今まで黙って聞いていた劾が低い笑いを漏らす。
「劾?」
「いや。本当に丸くなったな……と思っただけだよ」
 最初にあったころのお前は、と続けようとする彼を、カナードはにらみつける。できればキラには聞かせたくない。特に、自分が彼を殺そうとしていたことは、だ。
「そうなんですか?」
 しかし、キラはしっかりと興味を持ってしまった。
「そうだ。そのあたりの話はしなかったのか?」
 カナードの心情に気付いているだろうに、そんなことはおくびにも出さずに劾は風花へと視線を向ける。
「そうしようと思ったところであの騒動が始まってしまったので……」
 タイミングを外してしまったのだ、と風花は言葉を返した。
「そうか。なら、今後のこともある。二人には付き合って貰って……その間に、あれこれ話をすればいい」
 この言葉の裏側に何やら別の意味を感じ取ってしまうのは錯覚だろうか。
 言っては何だが、本来持っている実力はともかく、積み重ねられた経験という意味で自分は彼にかなわないことをカナードは知っている。それは戦闘時だけではなく、普段の生活の中でも言えることだ。
「……今後のこと、ですか?」
「そうだ。例の件にザフトが関わっているかもしれないのであれば、俺だけでは手に負えない可能性があるからな」
 こう言いながらも周囲に警戒の視線を走らせる。
「カナード?」
 それに気が付いたのだろう。キラが声をかけてきた。
「ともかく、移動しよう。凄いぞ、サーペントテールは」
 自分の所とは違って、個性豊かな人たちが集まっている。だから、と直接答えを返すことはしない。
「そうですよ。お母さんにも紹介したいです」
 風花がここだけは無邪気な口調を作って口を挟んでくる。
「……お母さん?」
「はい。劾のところで、一緒にいます」
 爆弾処理なんかの担当ですよ、と付け加える彼女は自慢げだ。その言葉に一瞬だけキラがみせた表情が気にかかる。
「と言うことで、移動をするか」
 しかし、それはすぐに別の事態に取って代わられた。
 そっと部屋から出て行った人間。
 その存在が必ずしもアスランとつながっているとは限らない。だが、もっとまずい人間につながっているかのせいは否定できないのだ。
 だから、少しでも安全な場所に移動した方がいいだろう。
 もっとも、そのせいであれこれ余計なことをキラに知られてしまうかもしれない。だが、そのくらいは妥協しておいた方がいいのか……と考えることにする。
「ついでにキラからハッキングのこつでも教えてもらえ」
 からかうように風花に声をかけた。
「そうすれば、あれこれ楽になるかもしれないぞ」
「カナード!」
 この言葉に、キラが即座に異論を挟んでくる。どうやら、彼の中では小さな子供にそんなことを……と言う意識があるらしい。
「是非教えてください!」
 しかし、風花はノリノリのようだ。その様子に、目を白黒させている様子が可愛い、とこっそりと笑いを漏らす。
「まぁ、そのあたりは状況次第だな」
 取りあえず、キラに助け船を出すように劾が口にする。
 あるいは、彼も何かを知っているのかもしれない。
 それでも口に出さないのは、きっと、それよりも重要なことがあると知っているからだろう。そういう考えの持ち主だからこそ、自分も彼と付き合うのが楽なのかもしれない。
「と言うことで、邪魔が入らないうちに移動をするぞ」
 自分たちとカナードが一緒にいれば仕事を押しつけたいと考えるものもいるだろうからな、と劾はさりげなく付け加える。
 それに促されるように、彼等は行動を開始した。