久々に顔を合わせた劾と情報交換という名の近況報告をする。
「……そういえば、彼にあったよ」
 その間に、さりげなくこう告げられた。
「彼?」
 ここには共通の知り合いが多いから、それだけではわからないのだが。そう思いながら聞き返す。
「……キラ・ヤマト」
「あいつか。どうかしたのか?」
「いや。予想していたよりも線が細かったな、と思っただけだ」
 風花を預けてきたという彼の言葉に、カナードは苦笑を返す。
「預けられたのはキラかもしれないな」
 彼女の性格を思い出して、こんなセリフを口にする。そうすれば、劾が小さな笑いを漏らした。
「どちらにしても、一緒にいて貰った方がいい。いろいろとな」
 残念だが、ここも安全とは言い切れない。もちろん、キラ自身に危害が加えられるかどうかという問題ではなく、オーブと関わっているものがいる、という意味でだ。
 だから、本音を言えば船から下ろしたくはなかった。
 しかし、それではキラのためにならない。あの場所が彼にとっての逃げ場になっては意味がないのだ。
「風花はあんなくらしをしているから鼻がきくし……いざとなったら、彼が彼女を連れて逃げてくれるだろうしな」
 流石に、と劾が口にする。
「どう、だろうな」
 キラは身体能力は自分と同じくらいあっても体力は比べものにならないからな、とカナードはため息とともにはき出す。それもこれもあの二人の《保護》という名の妨害のせいだ。心の中でそう付け加える。
「まぁ、瞬発力はあるから、最初に逃げられれば大丈夫か」
 それ以前に、ここはジャンク屋ギルドの本拠地ではあるが、彼等と繋がりが深い傭兵も多く滞在していた。そして、そのほとんどが風花と彼女の母であるロレッタを知っていると言っていい。そんな彼等が逃げ回っている風花を無視するはずがないのだ。
 だから、そういう意味であれば彼女と一緒というのは安全かもしれない。
 しかし、情報はどうだろうか。
「いろいろと複雑な身の上のようだな、彼は」
 劾がこう呟く。しかし、彼の表情がそれについて詮索するつもりはないとも告げている。それは、彼等なりのルールだからだろう。
「……あいつがさらわれた、と思っている人間もいるようだからな」
 きちんと許可を貰って連れ出したにもかかわらず、と取りあえずそれだけは口にする。
「それは、風花とロレッタにはばれないようにしておくんだな」
 間違いなくおもしろおかしく脚色をされて風潮されるぞ、と劾が笑う。
「それは困るな。あいつは、いずれ返さなければいけない」
 下手な噂が立てば彼の身柄に危険が及ぶかもしれない。そう考えて、カナードは顔をしかめる。
「何だ? 仲間にしたわけではないのか?」
 かなり腕が立つようだが、と劾が聞き返してきた。だから大丈夫だろう、と思っていたのかもしれない。
「……マルキオ様の依頼だ。彼のことを預かることも含めて」
 一番手っ取り早い説明と言うわけではないだろうが、こういう。
「マルキオ様関連か。それならば、風花にも釘を刺しておかないとな」
 あれでも女だ、とため息をつく彼にカナードは微苦笑を返す。そんな彼女がどのような経験をしてきたのか、カナードもよく知っているのだ。
 同時に、今はいない《彼》にとって彼女の存在がどれだけ大切なものだったのかも、だ。
「キラと話をすれば、あの子なら察してくれると思うがな」
 そういう聡明さがあるから、とカナードは笑う。
「環境がよくないのか、とは思ったが。あの子が自分で俺たちと一緒にいると言っている以上、無理強いもできないからな」
 まぁ、それもこちらの事情だ……と頷いてみせる劾に、カナードは取りあえず安心しておく。ある意味、彼の度量の深さのおかげで助かっていることも多々あるのだ。
 そんなことを考えていたときである。
「……何かあったのか?」
 確か、あちらはキラ達が待っているはずのカフェがあったはず。そこから何やら怒号のようなものが聞こえてくるのだ。
「……まさか……」
 そのざわめきに嫌な予感を覚える。
 キラが『嫌な予感だけはよく当たるんです』と言っていた。だが、それはカナードにしても同じことが言えるかもしれない。
 少なくとも、自分の決して長いとは言えない人生の中ではそうだった。
 だから、今回もそうではないのか。
 こんなことを考えながら、カナードは歩を早める。
「風花が火に油を注いでいなければいいのだが」
 本人達に関わりがなかった場合、彼女が何かをしでかしている可能性は否定できない……と口にしながら劾も同じように早足になった。
「ならいいのだが……オーブの人間が来ているかどうかを確認していなかったな、そういえば」
 それは失態だったかもしれない。カナードは唇を噛む。
 アスランやカガリにつながっているものがいれば、間違いなく彼を連れ戻そうとするに決まっている。しかし、それでは全てが元の木阿弥になってしまうのではないか。
 せっかく、マルキオ達が自分を信頼して彼を預けてくれたのに。自分たちにとって一番重要なのはクライアントに信頼されることである以上、そんなことになれば大きな痛手だ。
 いや、個人的にも大きな痛手だと言っていい。
 今度こそ、好意を向けられる相手を見つけられたのに……とそんなことも考えてしまう。
「ったく……」
 カナードは無意識のうちにこうはき出していた。