「マルキオ様……何か、ご用でしょうか」
 ラクスはこう口にしながら、ドアを開ける。
「お待ちしておりました、ラクス様」
 お呼び立てしてしまって申し訳ありません……と彼は付け加えた。そんなことはないのに、問いつも思う。
「いいえ。ここでは、いつもゆったりと過ごさせて頂いておりますもの」
 マルキオのために時間を空けることは難しくはないのだ、とラクスは言外に付け加える。
「それならばよろしゅうございました」
 この言葉に、彼はさらに笑みを深める。
「あの方も、あちらで少しずつですが、よい方向に向かわれているのだとか」
 そして、さらりとこう付け加えた。
「まぁ」
 その言葉をどこまで信じていいのかはわからない。それでも、まったく嘘ではないのだろう。
 ならば、自分の寂しさを我慢して彼を送り出した甲斐があったのではないだろうか。もっとも、キラを立ち直らせたのが自分ではなかったことだけは少し残念だと思う。
「ただ、完全ではないようです」
 それには、アスラン達のこと以外のことも関係しているのではないか。そう問いかけられたのだ、ともマルキオは続ける。
「残念ですが、私はあのころの彼についてよく知らないので」
 ラクスの元へ運んだことだけが唯一の接点だったかもしれない。もっとも、それはあくまでも《直接》と言うことではあるが。
「わたくしも、本当に一部しか知らないのですが……」
 キラが一番辛かった時期のことは、本当に伝聞でしかない。むしろ、マリューあたりに聞いて貰った方がいいのかもしれないが、と考えかけてやめる。そんなことをすれば、きっと、カガリ達に伝わってしまうだろう。マルキオもそれを恐れているのかもしれない。
「構いませんよ。まぁ、我々にして見れば、いつもの彼の様子らしいのですが……その原因をお知りになりたい、といわれましたので」
 何故、あれほどまでに自分に自信が持てないのか。
 ちょっとしたことで礼を言われて驚くのか。
 それがわからないと言っていた、と彼は続けた。
「……コーディネイターだから、だそうですわ」
 しかも、それを口にしたのは軍人ではなく、オーブの民間人だったのだ、とラクスは記憶している。
 もちろん、キラに同情的な者達もいた。そんな者達でも、彼が戦って自分たちを守るのは当然だ、と考えていたのだ。
 その理由は、キラが《コーディネイター》だから。
 戦うための訓練も何もしていないのに、人種が違うから『大丈夫だ』と誰もが思っていた。そのことがキラを追いつめているとは知らずに、だ。
 何よりも、キラを追いつめたのは《彼女》の存在かもしれない。
 しかも、彼等の別れはキラの中で大きな傷になっている。
 おそらく、後少し時間があれば彼等の間は違ったものになっていたのではないだろうか。しかし、それを戦争が奪った。だから、キラの中では未だに彼女の存在を昇華し切れていないのだろう。
 それだけならばいい。
 時間の流れがどのような辛い思い出でも浄化してくれるはずなのだ。
 もっとも、それを邪魔するものがいなければ、という条件が付く。
「なるほど。あの方は……ご自分の大切な存在を戦争故に失ってしまわれた。それが未だに大きな傷になっているとラクス様はおっしゃるのですね?」
「はい。それはご友人だけではなく、ご自分の存在意義もでしょう」
 キラはハルマとカリダを実の両親と信じていた。しかし、カガリの一言がそれに疑念を抱かせたことは事実。とっさに彼等を引き離したものの、あの時は自分も父を失ったばかりでキラをフォローすることができなかった。
 その分のフォローをアスランに期待していたが、彼は逆にカガリとともにキラを追いつめることしかしなかったように思える。
 もし、あの時、カガリが事実を自分の中だけに納めていたら、キラはもう少し自分自身を失わずにすんだのではないか。いや、それだけではなくカリダやハルマとの関係も変わってきていただろう。
 端で見ていても、彼等の関係は微妙にぎくしゃくしているように思える。
 同じものを見ているのに、カガリは何も気付いていないようだ。それどころか、さらにそれを増長するようなセリフを無意識に口にしている。
 人の上に立つ存在であれば、もう少し他人の感情に敏感にならなければいけないのではないか。そう思えるのに、自分の感情を優先しているように感じられてならない。
「キラはきっと……崩れてしまった足元を立て直すことができずにいるのですわ」
 ラクスはこの一言に全ての感情をこめる。
「あの方も、まだ若い……と言う一言で全てを終わらせることができないお立場になったのだ、とご理解してくだされば、もう少しよろしいのでしょうが……」
 今のカガリは妙に意固地になっている。だから、適切な助言にも耳を貸してくれない可能性はある。
 いや、唯一耳を貸す相手はいるのだ。
 問題なのは、それが《アスラン》だ、と言うことかもしれない。
 彼にしてもザラ家の後継者としてきちんとした教育を受けている。だから、普段のことであれば適切なアドバイスを与えてくれるのではないか、と信じていた。だからこそ、彼女を任せているのだ。
 しかし、その彼もキラのこととなれば冷静さを失うしなう。そして、キラのためではなく自分のために自分の価値観を押しつけるのだ。それが彼のためにならないと端から見てもわかるのに、だ。
 あの二人はどうしてそれが見えないのだろうか。
 だからこそ、自分はカナードに期待をしているのかもしれない。
 彼が以前、キラに対してどのような感情を抱いていたかをマルキオに教えられたからこそ、余計にそう思うのか。
「ともかく、あの方にはラクス様のお言葉をお伝えしましょう」
 そうすれば、きっと、彼のためによい方法を探してくれるはずだ。マルキオはそういって微笑む。
「大丈夫ですよ、ラクス様。彼はいずれ戻っていらっしゃいます。その時にはきっと、よい方向へと向かっているでしょう」
 少なくともキラに関してはそうではないかと思うという彼に、ラクスも頷き返す。
「そうですわね。きっと、あの方から自信を学んでこられるでしょう」
 そうすることであの二人の言葉に振り回されなくなってくれればいい。そうすれば、キラはきっと彼本来が持っている強さを取り戻せるだろう。
「いずれ、世界はまた、彼の力を必要とする日が来る。私にはそう思えてならないのです」  それは、きっとキラに悲しい思いをさせる状況に世界が陥ると言うことだろう。しかし、ラクスもその言葉には同意をするしかできない。
「少しでも、その日が遅ければいい。そう思いますわ」
 だから、こう口にする。
「そして、キラがこの地に戻ってくるのも……子供達もわたくしも少し寂しい気はしますが、キラのためですから、しかたがありませんわね」
 そして、微笑みを口元に浮かべた。