目を覚ますと、見慣れない天井が見える。
「……僕……」
 どうしたのだろうか、とキラは小さく呟く。
「……栄養失調と過労だそうだ」
 即座に言葉が返ってきた。その事実に、キラは慌てて視線を向ける。その瞬間、微かにめまいを感じてしまう。
「まったく……いくら俺たちが人より頑丈な体をしているとはいえ、きちんと食事を取っていてのことだぞ」
 ここに来てからはきちんと食事を取らせていたつもりだったが、まだまだ不十分のようだったな……とカナードは盛大にため息をつく。そんな彼の仕草に、キラは思わず肩をすくめてしまった。
「言っておくが、怒っている訳じゃないぞ。あきれているだけだ」
 お前に対しては、と付け加えたところから判断をして、他の誰かには怒っていると言うことだろうか。キラはそんなことも考えてしまう。
「取りあえず、今日の所は寝ていろ。明日には、ジャンク屋ギルドの本部に付くからな。そこで、しっかりとドクターに絞られろ」
 あそこのドクターだけには、自分も頭が上がらないのだから……とカナードは複雑な笑みを浮かべる。
 その表情の意味も知りたい。だが、それ以上に気になったのはこちらの方だ。
「……ジャンク屋ギルドの本部?」
 何故そのようなところに、とキラは思う。
「依頼だ。マルキオ様から頼まれたものに関しては、まだしばらく動けない。その間、何もしていないのも意味がないからな」
 それならば、少しでも時間を有効に使った方がいいだろう、と彼は付け加えた。
「……仕事……」
 と言うことは、戦闘があるのだろうか。
 こう考えただけで、今までとは違った意味で体が強ばる。
「ある宙域で難破が増えているんだそうだ。その調査に行く連中の護衛、だな」
 まぁ、状況次第では自分たちもそちらに手を出すことになるだろうが……と彼は続けた。
「バカが関わっていないなら、地球軍かザフトの廃棄衛星が誤作動をしていると言うところだろうな」
 でなければ、連中が隠しておきたい何かがあると言うことか……と説明をしてくれる。
「傭兵だからと言って、必ず戦うわけじゃない。まぁ、気が向いたら、お前も手伝ってくれ……と言うところだな、これに関しては」
 キラはあくまでも預かりものだから、強要はできない。
「カナード」
 そんな彼に何と言い返せばいいのか。
「それと、悩んでいるようだから、はっきり言っておくが……俺はお前のことが好きだからな」
 こちらも無理強いはしないが、とさらりと付け加えられた言葉にキラの瞳が大きく見開かれる。
「……カナード……」
「理由は聞くな。取りあえず、気が付いたらそうだったんだ」
 こればかりは、コントロールできるものじゃない。それは相手の気持ちに関しても同じだろう……と彼は自嘲的な笑みを浮かべた。
「ただ、俺の言動のせいで、お前に余計な負担をかけるわけにはいかないからな」
 知らせておけば悩まずにすむだろう、といわれても、それは違うような気がしてならない。むしろ、逆ではないだろうか。
「お前が受け入れられないとしても、それはしかたがないとわかっているからな。無理だとわかったら、すぐに言え」
 その時は諦めるように努力をする。彼はそうも付け加えた。
「カナード、僕は……」
「言っておくが、お前よりも俺の方がバカだった時期は長いからな」
 それはどういう意味なのだろうか。
 考えてみれば、自分は彼のことをあまり知らない。いや、ほとんど知らないと言っていいのではないだろうか。
 でも、それは彼が知られたくないと思っているからかもしれない。そう考えれば、迂闊にあれこれ聞いてはいけないような気がする。
「どうした?」
 キラの表情から何かを察したのだろう。カナードがこう言いながら顔を寄せてくる。
「何でもないです」
 慌てて、キラはこう告げた。
「嘘だな」
 しかし、カナードはあっさりと否定される。
 いや、それだけではなかった。
 何か暖かなものに唇をふさがれる。少し荒れているようにも思えるそれが彼の唇だ、と認識できたのは、それから十秒ほど経ってからのことだろうか。
「……カナード……」
 慌ててそれから逃げようとする。しかし、今の体勢では不可能だった。
「これから、お前が嘘を一回付くごとにキスを一つするからな」
 ものすごく楽しげな口調で彼はこう言ってくる。
「……本気?」
 冗談だよね、とキラは思わず頬を引きつらせてしまった。
「そのくらいしないと、お前は理解できないだろう?」
 ついでに、自分は役得だ……とカナードは笑う。と言うことは、本気でそういっているのだろう、彼は。
「俺がお前を好きだ……と言うことも、嘘を付かれるのが辛いと思っている人間がいると言うことも、だ」
 相手を安心させようとしているのだろうが、それは逆効果だ、ともカナードは付け加える。
「まぁ、頑張るんだな」
 いろいろと……と彼は笑う。
「お前が判断を出すまで待ってやれる程度の度量は持っているつもりだからな」
 この言葉を残して彼は離れていく。
「ともかく、ゆっくり休め。食事を持ってきてやるから」
 そのまま彼は出て行く。
「……ゆっくり休めって言われても……」
 彼の背中を見つめながらキラは小さく呟く。そんなことはできるはずはないだろう、とキラは自分の唇を指先で押さえた。