本来であれば、キラが落ち着くまで待っていようと思ったのだが、そろそろそうもしていられなくなってきた。 「キラ! いい加減に出てこい!!」 流石に、丸十二時間――睡眠時間なども考えればそれ以上だ――飲まず食わずというのは見過ごせない。 「出てこないと、強引に踏み込むぞ!」 だから、怒鳴ってはいけないとわかっていてもついつい声を荒げてしまう。それなのに、中からは何の反応も返ってこなかった。 「キラ?」 それほどいやだったのだろうか。それとも、とカナードは眉を寄せる。 だからといって放っておくわけにはいかないだろう。ひょっとしたら倒れているかもしれない。 「入るぞ!」 確認のために、と告げると同時に、カナードは自分の権限を使ってドアのロックを外す。ドアが開くのを待つ時間も惜しいというように隙間に体を滑り込ませる。 「キラ」 彼の名を呼びながら室内を見回す。そうすれば、ベッドの上に横になっている姿が確認できる。 「おい、キラ」 その顔から血の気が失せているような気がして慌てて側に近づく。そして、その首筋に触れた。 「……生きてはいるか」 脈を確認してほっとする。 「まったく……」 しかし、少し体温が熱いような気がする。それに、肌も汗ばんでいるのではないか。 こう考えた瞬間、カナードの背筋をぞくりとしたものが駆け抜けた。 同時に体の中心に熱が集まっていく。それを必死にカナードは押し殺した。 「……熱があるのか?」 代わりにこんな呟きを口にする。 「ともかく、メディカルマシーンでチェックをするか」 自分の感情を制御しながら、そっとその体を抱き上げた。 そのまま移動を開始する。いっそ、全ての部屋にメディカルマシーンの端末を設置した方がいいかもしれない。でなければ、自分の部屋に……考えてカナードは苦笑を浮かべる。 キラがいつまでもこの艦に乗り込んでいるわけではないのだ。いずれ、マルキオ達の所に戻さなければいけない。 もっとも、それが少しでも遅い方がいい……と考えてしまうのは、間違いなく自分の本音だろう。 そう気付いて思わず苦笑を浮かべてしまった。 「それにしても、軽いな……」 その表情のままこんなセリフを呟く。 「ろくに食事を取らないからだ」 自分たちが、他のコーディネイターよりも丈夫だとはいえ、それは普通の生活を送っていると言う前提の上でのことではないか。キラのように食事もろくに取らないようでは、体の機能が落ちていたとしてもしかたがないだろう。 もっとも、それも戦時中のストレスが原因かもしれない。だが、それを増長したのはアスラン達ではないのか。そんなことも考えてしまう。 「これも何とかしなければいけないか」 自分の存在がその契機になるだろうか。 なってくれればいいと思う。 「……ともかく、飯だけは食わせることにするか」 他のことは焦ってはいけないと言うことだろうな、と自分に言い聞かせる。 「まぁ、あの依頼を受けておいてよかったかもしれないな」 その間は余計なことを考えなくてすむ。それに、キラにもあれこれ任せることができるはずだ。そうすれば、彼もこもってばかりいられなくなる。 「……できれば、マルキオ様の依頼を遂行する前に、もう少しましな状況になっていてくれればいいんだが」 キラが……と付け加えた。 同時に、医務室の前にたどり着く。 「さて……と。この艦内の設備だけで間に合えばいいんだが」 そう呟きながら、彼をベッドに下ろす。そして、手早く端末を彼の体に付けていった。 別段、キラの身体に異常はなかった。 ではどうして発熱を……と悩んでいたときだ。メルオルがそっとある可能性を示唆してくれる。 「……知恵熱?」 それは、乳幼児が発熱をしたときに、原因がわからないから……と言うことで言われるものではないのか。その程度の知識は自分にもあるのだが、と思いながら聞き返す。 「というよりも、ストレスでしょうね。どうやら、癖になっているようです」 考え込みすぎて体調を崩すのでしょう……とメルオルは口にする。 「だが、プログラムのこととかではそんな状態にならないようだが」 「あくまでも、私の推測ですが……おそらく、人間関係が引き金になるのではないかと」 それ以外のことでは普通なのだろうが、と彼女は言葉を返してきた。 「前の戦争の時に彼がどのような状況にあったのかがわからないので、推測の域を出ないのですが……」 状況がわかればもう少しわかるかもしれないが……と言うメルオルにカナードは少し考え込む。 「ラクス・クラインであれば……知っているかもしれないが……」 マルキオに報告をするついでに彼から聞いて貰えばいいのだろうか。ふとそんなことを考えてしまう。 もっとも、答えてくれるとは限らないが。 「でなければ、催眠療法を行うか、です」 その言葉にはすぐに首を横に振る。 「あれはやめておけ。確実だろうが……知られたくないことまで聞き出してしまう可能性があるからな」 それを知ったら、キラはまた悩むのではないか。そう思えてならない。 いや、それ以上にキラが自分を見てくれることすらなくなるかもしれないと考えられる。 「わかりました」 意味ありげな微笑みとともにメルオルが頷いてみせた。その表情から判断をして、カナードは彼女がこの状況を楽しんでいるのだとわかる。 こちらにしてみれば別に娯楽を提供しているつもりはないのだが。そう思って小さなため息を一つ付いた。 |