「貴方が普通の青年のような表情をするとは思っても見ませんでしたわ」
 ころころと笑いを漏らしながら、メリオルが声をかけてくる。やはり、先ほどの光景を見られてしまったのがいけなかったのか……とカナードはため息をつく。
「どうでもいいが……キラには言うなよ?」
 見られたという衝撃で部屋の中に逃げ込んでしまったのだ。その上、からかわれるようなことになればずっと出てこないのではないか。そんな気がしてならない。
「もちろんです。他の人間なら邪魔させて頂きますが……彼ではしかたがありませんもの」
 微苦笑とともに彼女はこう言ってくる。
「彼は、貴方に一番近い存在ですから」
 実際に近くにいればひかれあうだろう。そう思っていた……とメリオルはさらに笑みを深めた。
「しかし……貴方でも、キラ君の気持ちを自分に向けるのは難しいかもしれませんよ」
 その表情のまま、こんなセリフを口にしてくれる。
「……メリオル……」
 お前、とカナードが彼女をにらみつけた。
「恋愛にマニュアルはありません。それに……どうやら、彼はあの戦いで大切な存在を失ったようですし」
 誰かに恋をすると言うことを怖がっているかもしれない。それ以前に、他人の《好意》を向けられることすら、無意識に怖がっているように思える。そんなことも口にした。
「……何で、わかるんだ?」
 そんな話をキラは彼女としたのだろうか。そんなことを考えながら問いかける。
「わかりますわ。女ですから」
 にっこりと微笑みながら自信満々に言い返された。
「そんなことが理由になるのか?」
「なります。幼いころから、女性は恋話が好きな存在ですもの」
 大きくなってから自分が実践するかどうかは別にして、とさらに言葉を重ねる。
「……勝手に言っていろ」
 このまま会話を続けても言い負かされるだけのような気がしてならない。だから、カナードはため息とともにこうはき出す。
「あらあら。もう白旗ですか?」
「メリオル」
「そんなことでは、キラ君に嫌がられたら無条件降伏ですか?」
「誰が!」
 諦めるようならさっさと諦めている。それができないからこそ困っているんだろうが! とカナードは視線に含ませる。
「なら、私のイヤミぐらいは受け流してください。ラクス・クラインのそれはもっときついかもしれませんわね」
 可能性はあるかもしれない。
「……だが、今ここにラクス・クラインはいないぞ……」
 だから、今はそんな心配はしなくていい。
 カナードはそう言い返す。
「そうですね。今はキラ君に部屋から出てきて貰うことを優先しませんとね」
 はっきり言って、それが一番の難問なのだ……と彼女もわかっているだろうに。そんな風にカナードはため息をつく。
「頑張ってください」
 しかし、メリオルの言葉がこれだけしらじらしく聞こえたのは初めてだった。

「くそっ!」
 言葉とともにアスランは思い切り壁を殴りつける。
 未だに、キラがどこにいるのかその情報すら手に入らない。
 生きているのかいないのかすら、わからないのだ。
 生きてはいるのかもしれないが、自分たちに連絡をしてくることができない状況なのかもしれない。
 いや、連絡は来ているのだろうが、自分に届いていないだけか。
 だとするならば、マルキオかラクスのところで止まっているのだろう。
 そもそも、どうして彼等はキラを行かせるようなことをしたのだろうか。彼を行かせなければならないような事態であれば、オーブ軍を動かした方がいいだろうに。それとも、それができないような事件なのか。
「あいつはお人好しで……周囲に利用されては自分が傷ついてしまうんだ……」
 問題なのはこの事実だ。
 今だって、知っているものがいない場所でどれだけ苦労を強いられていることか。そう考えれば、今すぐにでも連れ戻したい、というのが本音だ。
 しかし、居場所がわからなければそれもできない。
 それ以上にわからないのが、カガリの態度だと言っていい。
 彼女は「精一杯やっている」とは口にしている。しかし、アスランの目には、まるでキラが帰ってこない方がいいと思っているようにしか感じられないのだ。
 だからといって、彼女がキラを嫌いになっているというわけではないらしい。
 何気ないときに彼を心配するような言葉を口にするのだ。
 心配しているのに帰ってこない方がいいと思っている。
 カガリの気持ちを推測すればそのような結論になるだろう。
 しかし、その理由がわからない。
 心配ならば、手元に置いて置いて守ろうとするのが普通ではないか、とそう思う。
「それとも、何かですねているのか?」
 キラのことで……とアスランは呟く。
「キラが、自分に何も言わずにいってしまったから……と言う可能性はあるな」
 ならば、彼を連れ戻して説教をすればいいだろう。
「キラは……俺の側にいて、俺の言うことを聞いていればいいんだ……」
 アスランはこう呟いていた。