「……憎むことと愛することは紙一重、か」 そういっていたのは誰だっただろうか。 だが、その言葉は嘘ではない。その事実が今ははっきりとわかる。 「参ったな……」 いずれは別れるとわかっている相手だ。何よりも、自分の世界にキラを巻き込むわけにはいかない。 もっとも、キラであれば普通の相手にやられるわけはないだろうが。相手を殺せるかどうかはともかく、自分の身と周囲の人間を守ることぐらいはできるだろう。 それでも、彼は他人を傷つけること自体を嫌がるのかもしれない。力があるからこそ、余計に、だ。 「取りあえず、自分の力をコントロール術でも教えるか」 ついでにシミュレーションでも付き合わせれば一石二鳥かもしれない。もっとも、そんなことをさせるまでに少し手間がかかるかもしれないが。でも、キラが相手であれば別段それも気にならない。これも、彼に好意を持っているからなのだろうか。 はっきり言って、誰かに好意を持つという感情自体初めてのものだと言っていい。 いや、キラのものと同じかどうかはわからないが、好意を抱いた相手はいる。しかし、その好意に気付いたときには既に相手の命の火は既に消えかけていた。だから、それがどのような感情だったのか、今でもよくわからない。 だが、キラに対してのものは、思い切り自覚させられてしまっている。いるが、伝えられるかどうかと言うことは別問題だろう。 「……あいつに死なれると、いろいろと困るからな」 しかし、これだけは変わらない事実だ。 だから、彼には自分のみを守れる程度の技量を与えておきたい。そうも考える。 「……それに、疲れているときの方が余計なことを考えなくていいような気がするしな」 これはキラだけではなく自分にも言えることだ。 「メリオルには、例の依頼を引き受けるように言っておくか」 小競り合い程度はあるだろうが、戦闘にはならないだろう。それ以上に、キラの技量が状況を大きく左右するように思えてならない。だから、彼に自信を持たせるにはちょうどいいのではないかと思えるのだ。 「仕事があれば、俺もあれこれ考えている時間がないだろうしな」 その間にこの気持ちが落ち着いてくれればいい。そんなことも考えてしまう。 しかし、そんな日は永遠に来ないのだと、カナードはまだ知らなかった。 その話を耳にした瞬間、キラは体を強ばらせる。 「……カナード……」 どうして、とその瞳が語っていた。本当に、と彼の場合瞳の方が雄弁なのはどうしてなのか。それとも、自分がそうなのかもしれないとそんなことも考えてしまう。 しかし、今はそんなことは脇に置いていた方がいいな……と心の中で呟く。 「しかたがないだろう。ここで俺の相手をできそうなのはお前しかいない」 このような職業だからこそ、日々の訓練を怠ることはできないのだ。カナードはそうも付け加える。 「そう、かもしれないけど……」 同じように戦場の経験があるからだろう。キラはその点については何も異論を挟んでは来ない。 「何。本気で戦えとは言わない。むしろ、本気で逃げ回ってくれ」 それを自分が捕まえられるかどうかを確認したいのだ、とカナードは付け加えた。 「MSを使った鬼ごっこだと思えばいい」 キラを安心させるかのように、児戯の名を口にする。 「鬼ごっこ?」 カナードの口からそれを聞くとは思ってもいなかったのだろう。キラが目を丸くしているのがわかった。もっとも、カナード自身もそうなのだから、文句は言えない。 「そうだ。あぁ、シミュレーション上とはいえ周囲にはデブリもあるからな。かくれんぼかもしれないか」 どちらが正しいのかと聞かれても答えられない。 自分がそのような遊びをしたのは、本当に幼いころだったのだ。だから、記憶もルールもおぼろげだと言っていい。 しかし、キラの表情は別のことを告げているようにも思えてならない。 「キラ?」 「……ルール覚えているかなって……僕も、月にいく前に父さんや母さんと遊んで貰ったときにしかしたことがないから」 アスランはそういう遊びに付き合ってくれたことはないし、と彼は付け加える。 「そうなのか?」 またアスランか、と思いながら、カナードは聞き返した。 「僕も、あまり外で遊ぶのは好きじゃなかったから」 だから、とキラは口にする。しかし、実は彼はそう思うように誘導されてきたのではないか。そんな風に考えてしまうのは穿ちすぎだろうか。 「なら、丁度いい。二人で話し合ってルールを決めるか」 そうすれば、多少間違っていようとも自分たちの間では困らない。そういってカナードは笑う。 「……いいですけど……でも、カナードの役に立たないと思うよ、僕は」 だから、どうしてこのようなセリフを言うのか。 少しはましになってきたか、と思っていたのに……と歯がゆくなってしまう。 「それは俺が決めることだ。違うのか?」 本当はこういういい方をしてはいけないらしい。それでも、この場合はしかたがないのか。そう思いながらカナードはさらに言葉を重ねる。 「俺が、お前なら大丈夫だと言っている。それをお前が否定をするのは、俺の判断が間違っていると言っているようなものだぞ?」 違うのか……と付け加えれば、キラは視線を落としてしまう。 「まったく。お前にそんな卑屈な考え方をたたき込んだ連中を殴って来たい気持ちだな」 だからといって、誰かのように無駄な自信だけは付けて欲しくないが。もっとも、その自信も最近は粉々にされているらしい。そう考えながら思い浮かべた面影はキラのそれによく似ていた。 「……僕は……」 それでも納得ができないのか、キラは何かを口にしようと顔を上げる。 その瞬間、彼の唇に自分のそれを重ねてしまったのはどうしてなのか。 全てが終わった瞬間、カナードは自分の無意識の行動に驚いてしまう――もちろん、それ以上に驚いていたのはキラの方だったが――しかし、それが表情に出なかったことを、カナードはこっそりと感謝していた。 |