ひょっとして、キラと二人だけで会話をしたのはこれが初めてかもしれない。
 今までは自分が一方的に話をして、キラが黙って聞いている。そして、時折、反応を返す程度だったのだ。
 だが、今日は立場が逆転していた。
「……あの人が言ったんだ……僕の存在は、世界を混乱に陥れるだけだって……」
 そして、アスランやカガリは自分を世界から切り離そうとしているから……と、キラは付け加える。
「そんなことはない」
 おそらく、どちらかだけであればまだましだったのだろうが……とカナードは心の中ではき出す。
 それでも、ナチュラルの中で暮らしていた彼を他の者達がどのように見ていたかは想像ができる。程度の違いはあれ、自分も同じような視線を向けられていたからだ。
 ただ、自分は力を伸ばすことを求められた。
 それが何のためであるかはともかく、今はそのおかげでこうして生きていられる。
 しかし、キラの望みは普通の世界で平穏に暮らすことだったのだろう。
 それなのに、いきなりたたき込まれた戦場で自分自身の真実の力を突きつけられた。
 いや、それだけではなく、誰もが隠そうとしていた自分自身の秘密までも《敵》であるクルーゼに手ひどい形で暴露されたのか。
「あの男にとって、俺たちの存在は邪魔になる。そう思っていただけだろう」
 精神的に動揺すれば、つけいる隙がある……そう思ったに決まっている、とカナードは付け加える。
 自分に《キラ》のことを教えたのも、きっとそのせいだ。
 うまくいけば、漁夫の利をねらえる。そう考えていたのかもしれない。
「世界を混乱に陥れたのはお前ではなくあいつの方だろう?」
 世界と心中しようと考えていたのだから、と口にしながらキラの背中をそっと叩いてやる。
「……でも、あの人は……」
「クローンだから、とか、人より早く死ぬとかと言ったことは何のいいわけにもならないぞ。あいつよりも早く死ぬ人間だっている」
 同じクローンでもだ。
 それでも、彼は自分のなすべきことをして満足して死んでいった。
 まだまだ幼いと言える年齢だったのに、だ。
 それに比べたら、あの男は何十倍もましだろう。そんなことも考えてしまう。
「あの男のそのセリフは、ただの悔し紛れの爆弾発言だ」
 忘れても構わないと思うぞ。そうも付け加える。
「……忘れられない、多分」
 ある意味、それが現実だったから……とキラは泣きそうな声で告げてきた。
「まったく、お前は……」
 それが奴の狙いだったとするならば、どうするんだ。カナードはため息とともに付け加える。
「カナード?」
 どうかしたのか? と言うように、彼はカナードの方から顔を上げる。その頬が濡れているように感じられたのは自分の錯覚ではないだろう。
「いいか? あいつにとって、自分を忘れられると言うことよりも、どんな感情でもいいから覚えていて貰うことの方が重要だったんだろうよ」
 そして、それは成功している。
 だが、その事実がものすごく腹立たしい。
 彼の心の中に自分よりも強くクルーゼの存在が焼き付けられている。そう考えただけでどうして苛立ちを感じてしまうのだろうか。
「だから、本当にあいつが気に入らないなら、さっさと忘れてしまえ」
 大切な相手のことだけを覚えていればそれでいい。半ば自分に言い聞かせるようにこう告げる。
「そう、だね……」
 そうできれば、どれだけいいだろうか。キラはこの言葉をともにまたうつむいてしまう。
「すぐにしろというわけじゃない。ゆっくりと忘れていけばそれだけでいい」
 思い出す暇がないくらい仕事を与えてしまえばいいのか。
 キラに向かって言葉をかけながらそんなことを考えてしまう。でなければ、別のことに思考を向けさせるか、だ。
 どちらが楽かと言えば、前者だろうな。そう判断をする。
「取りあえずは、今日の所はそれ以上考えるな。それよりも、すこし俺に付き合え」
 取りあえず、今は自分に付き合わせよう。
「少し、体力を付けた方がいいと思うぞ、お前」
 これから、あれこれ付き合ってもらわなければいけないし、とそう付け加えながらカナードはキラの腕を掴んで立ち上がる。当然、彼も立ち上がることになった。
「カナード?」
「心配するな。お前相手にあれこれしようとは思っていない」
 そうなってくれればありがたいが、そもそも、今までの経験が違うからな……とカナードは付け加える。
「俺たちでも、基礎がなければ何もできない。そういうことだ」
 それに、適度に運動をすれば腹も減るだろう。そうしていないから、キラは空腹を覚えないのではないか。そう思うのだ。
「……いい! 遠慮をする」
「そういうな。それとも、何だ? 別の運動の方が好みか?」
 ベッドの中でする運動でも構わないぞ、とからかうように付け加える。
 幸か不幸か、この見てくれだ。しかも、あそこではコーディネイターなんてただの道具だったから、そういう経験がないわけではない。あんな連中に比べれば、キラの方がマシだろうと思えるし。
「……カナード……冗談だよ、ね」
 意味がわかったのだろう。キラがうっすらと頬を染める。
 その表情を見た瞬間、反射的に『キスをしたい』と思ってしまったのだ。
「さぁな」
 その気持ちを必死に振り払う。
「それとも確認してみるか?」
 それでも、無意識のうちにこんなセリフが口からこぼれ落ちてしまった。
「カナード」
 キラが笑い飛ばしてくれれば、あるいはあっさりと流されてしまうかもしれない。しかし、彼はまた困ったようにさらに頬を染めるだけだ。
 これが、ある意味決定だったのか。
 カナードはキラに対して抱いている感情を自覚させられてしまった。