それでも、向かった先はメリオルの言葉通り談話室だった。
 キラはそこで、貸して貰ったらしいパソコンをいじっている。
「今度は何を作っているんだ?」
 この言葉に、彼は慌てて視線を上げた。どうやら作業に集中していて自分が近づいてきたことに気付いていなかったらしい。
 驚いたように彼は顔を上げた。そして、そのまま真っ直ぐに自分を見つめてくる。その表情に恐怖とよく似た色が確認できるのは、カナードの錯覚ではないだろう。
「……カナード……」
 自分の存在を確認すると同時に、キラの肩から力が抜けた。
「お願いだから、脅かさないで……」
 そういう彼の指先がデリートキーに置かれていたのは、カナードの見間違いではないだろう。
「ここでは、お前が何をしていようと、艦の運営にししょうがでなければ誰も気にしないと思うが」
 苦笑とともにこう告げると、彼の隣に腰を下ろした。そのまま、モニターをのぞき込む。しかし、そこにはただ白い背景が映し出されていただけだ。
「……キラ?」
「驚いたから……消しちゃった、みたい……」
 カナードの視線から逃れるように視線をそらせながら、キラはこう告げる。
「違うだろう?」
 本当なら、怒鳴りつけたい。
 おそらく今までに彼がこのような作業をしていたら怒るものがいたのではないか。
 だからこそ、キラは自分が『作業をしていた』という事実を消してしまおうとした。
 カナードはそう推測をしたのだ。
「……違わない……」
 それでも、キラは強情にもその事実を認めようとはしない。あるいは、誰かをかばおうとしているのか。だとするならば、それはあの二人だろう。
「俺にはそう見えないが?」
 取りあえず、キラの認識を変えさせなければいけない。少なくとも、ここでは誰も彼の行動を非難しないということだけは自覚してもらわなければいけないだろう。同時に、彼の行動が間違っていないのだ、とも。
「……本当、だよ」
 しかし、この頑固者をどうすれば納得させられるのか。
「まったく……お前、今の自分がどのような表情をしているのか、自覚しているのか?」
 ため息とともにこうはき出す。
 同時に、本当に自分も気が長くなったものだ、と感心したくなる。
「僕の表情?」
「そうだ。それを見て『何もない』と思えるのは、よっぽどのバカかお前に感心がない人間だけだ」
 ならば、自分は感心があるのか。
 そう聞かれれば『是』としか言えない。もっとも、その意味合いが違っていることも事実だ。しかし、それは知らせなくてもいいだろう。
「それで? 本当のことを言う気になったのか?」
 何を言われても驚かないぞ……とそうも付け加える。もっとも、相手に対しての怒りを感じるかもしれないが……と心の中ではき出す。
「アスランもカガリも……僕が、パソコンをいじることをいいって思っていないようだったから……」
 何かに熱中することがストレスにつながるといけないから、ってそういっていた。
 キラは蚊の鳴くような口調でそう告げる。
「そうか」
 こう言いながら、カナードは何気なくキラの体を自分の方に引き寄せた。
「あいつらは……お前が何もしないことがお前の幸せにつながる、と信じ込んでいるんだな」
 それは間違っているとは思わないのか……とため息をつきながら彼の額を自分の肩に押し当てる。
「……カナード?」
「見られたくないだろう? 今の自分の表情を」
 だから、そうしていろ……と付け加えた。
「……ごめん、なさい」
 自分でも自覚をしているのか。それとも、カナードの言葉で気が付いたのか。キラは小さな声で謝罪の言葉を口にする。
「気にするな」
 自分にも経験があることだ、とカナードは笑う。
 しかし、それを返すことができない。だが、思いを他の誰かに届けることはできる。
 その相手が、今は《キラ》だというだけだ。
 いや、キラだからこそなのか。
 どちらかは自分でもわからない。
 それでも、キラを放っておけないのは事実だ。そして、自分がプレアから与えられた温もりを彼に伝えたいとも思う。
「お前は悪くない」
 この温もりがこの世界から消えなければそれでいい。
「あの二人がおかしいんだよ。そう思っていない奴だっている」
 マルキオさまとかラクス・クラインとかな……とそう口にした。
「……マルキオ様に、ラクス?」
「そうだ。あの二人が、お前をあそこから引き離してくれ……と俺に頼んできたんだよ」
 でなければ、もう少し時間をかけて、完全に準備が整ってから迎えに行ったかもしれない。しかし、今はそうしなくてよかったかもしれないな……とカナードは思う。
「お前は一人ではない。それだけは覚えておけ」
 この言葉に、キラは小さく頷いてみせた。