言葉通り、カナードは十分もかからずに艦に帰還してきた。
 何よりも、彼の戦いぶりは見ていても不安を覚えるものではなかった。それなのに、どうしても不安と嫌悪を消すことができない。それはどうしてなのか、とキラは心の中で呟く。
「どうかしたのかしら?」
 キラの表情から何かを察したのだろう。メリオルが問いかけてきた。
「何でも、ないです」
 自分の今の気持ちをうまく説明できるかどうかわからない。だから、と思ってキラは微苦笑とともにこう告げた。
 今までであれば――いや、アスランとカガリであればと言うべきか――それでごまかせたはずだった。
 しかし、ここでは違うらしい。
「何でもないのに、そんな表情をする必要はないでしょう? それに、わからないのであれば、人に話すことによって答えが見つかることもあるわ」
 だから、構わずにはなしてくれ……と彼女は続ける。
「……ですが」
 そんなことが許されるのだろうか。
 誰だって、そんなことを言ってくれる人はいなかった。
 もっとも、ラクスだけはいつでもキラが何かを口にすることを待っていてくれたことだけは事実だ。しかし、それは彼女に時間があったからだろう。
 だが、メリオルは忙しいのではないか。
 そんな彼女を、自分に付き合わせてしまうことは申し訳ない。そうも考えてしまう。
「大丈夫よ。カナードが戻ってきてあれこれ後始末を終えるまでは暇なのよ」
 だから、話を聞くくらいの時間はあるわ、と微笑みを向けられる。
「……カナードが、強いことはわかったんですが……でも、恐かったんです」
 でも、いったい何が、だろうか。
 その答えを探そうとキラは自分の思考を顧みる。
「多分……彼が、誰かを傷つけること、が……」
 自分とは違う、とはわかっているつもりだった。彼は、自分の力を完全にコントロールできるよう訓練していることも知っている。
 それでも、彼があまりに自分に近い存在だから過去の自分と重なってしまうのではないだろうか。
 誰も守れなかった自分。
 それどころか、大勢の人を傷つけてしまった。
 みんなの協力がなければ、間違いなく世界を混乱に陥れるだけだったはずだ。
 英雄などと言われても、結局、ただの人殺しでしかない。
 だから、褒め称えられるような存在ではない、とわかっていた。
 それでも、カガリもアスランも『キラがいてくれたからだ』と口をそろえて言ってくる。だから、お前はもう、何もしなくていいのだ、とも。
 もし、何かすることが与えられていたら、もう少し気分的に楽だったのではないだろうか。そんな風にも思う。
 アスランとカガリの気持ちが嬉しくなかったわけではない。それでも、そうやって二人が自分を世界から遮断することによって、考える時間だけが増えていったことも事実。そして、それが自分にとってよい方向に向かなかったことも否定できない。
「……なるほど。貴方は、自分自身が恐いのね」
 ぽつぽつと呟くように口にされた言葉を最後まで聞いてくれたメリオルはこんなセリフを口にした。
「……多分、そうだと……」
 正確に言えば、自分自身の力が、だ。
 特に、いきなり世界がクリアになるようなあの感覚が全身を包み込んだ後が、一番恐い。気が付けば、自分の周囲には《死》しかなかったのだ。
 自分の側にいてくれる人たちだって、一度は殺しかけた人間もいる。バルトフェルドなどは『戦争中だったのだから、しかたがない』と笑ってくれていたが、全員がそうだとは言い切れないだろう。
 むしろ、自分は大勢の人間の恨みを買っていると考えた方がいいのではないか。
「なら、大丈夫よ」
 しかし、メリオルは予想もしていなかったセリフを口にした。
「メリオルさん?」
 いったい、どうして彼女はそんなセリフを言うのだろうか。キラにはわからない。
「そうでしょう?」
 しかし、彼女は優しげな笑みを向けてくる。
「自分がどれだけの力を持っているのか、貴方は知っている。そして、それを何も考えずに使う怖さも。だから、コントロールしたい、とそう思うのでしょう?」
 違う? と問いかけられて、キラは静かに頷いてみせた。
 過去はどうすることもできない。それでも、これからのことならば何とかできるような気がしてならないのだ。
 しかし、そのためにはどうすればいいのか。それはわからない。
「方法なら、カナードも私も教えて上げられるかもしれないわ」
 性格が違うから、同じ方法は使えないかもしれない。それでも、手助けならばできるだろう。そうも彼女は付け加える。
「マルキオ導師は、それも期待していらっしゃったのかもしれないわね」
 だから、キラを自分たちに預けてくれたのではないか。彼女はそうも口にした。
「そうなのでしょうか」
「そうだと思うわ。少なくとも、私はそう思っているの」
 だから、少なくともここでは自分の言葉を飲み込まなくていい。自分なりカナードにはなしてくれれば、それなりにアドバイスできるだろうから。彼女はさらに言葉を重ねてくる。
「……努力、します」
 今まで、そんな風に言ってくれる人はいなかった。だからどうすればいいのかわからない。
 それでも、自分が行動を起こさなければ、何の意味もないのだろう。
 キラはそう考えて言葉を口にする。
「無理はしなくてもいいわ。でも、話をすることから始めてくれると本当に嬉しいの」
 信頼して貰っているとわかるから。そういう彼女に、今度は素直に頷いてみせた。