小さな約束
155
締結式は無事に終了した。
だが、プラントとしてはこれからが本番だろう
「……これが、ヒビキ博士のデーター……」
目の前のディスクを見つめながら呟いたのは誰だっただろうか。
「こちらはまだ整理していない生データーだ。とりあえず、と言うことでお渡ししておく」
ウズミがこう告げる。
「現在、データーの整理を解析のためのチームを作っておる。出来れば、プラント側からも参加してもらえればありがたい」
ミナはプラント側の面々の顔を見つめながらそう口にした。
「ただ、出来ればその中にキラを入れていただければ幸いだ」
彼女はそう言って微笑む。
「そのくらいはかまわないだろうね」
タッドへと視線を向けながらシーゲルが告げる。
「もちろんだ。キラ君の情報分析能力は十二分に戦力になる」
即座に彼はこう言って笑った。
「それに、本来であればこれはキラ君達のものだからね」
さらに彼はそう付け加える。
「あの子達はそう考えていないようだがな」
苦笑とともにウズミはそう言った。それはミナも知っている。
「自分達の実の両親が残したものだが、それは個人のものではない。未来のためのものだ、と言っていたな」
そう告げた瞬間、シーゲルとパトリック以外の者達が目を丸くした。それを見て、少しだけ溜飲を下げる。
「本音を言えば、あの子をこれにかかわらせたくない。だが、本人が『やりたい』というのでな」
仕方がない、とミナは言う。
「それと、あの子のそばにカナードを置く。それだけは譲れぬ」
「……そのくらいの融通は利かせよう」
パトリックがこう言い返してくる。これでキラの安全は確保できるだろう。後は、と思いながらミナは視線を移動させる。
その先には虚空が存在していた。
数年後、人工子宮が完成を見た。同時に、プラントの婚姻統制も緩められることになる。
「だから、キラ! 俺と結婚しよう!!」
それが告知された瞬間、押しかけてくれたのは、もちろん、アスランだ。
「やだ」
キラは笑顔のままそう告げる。
「どうして!」
「僕が君と結婚したくないから」
アスランの問いかけに、キラは即答した。
「最初から、アスランはそう言う対象じゃない」
かといって、友人かと聞かれたら、それはそれで困る。
「結婚するなら、アスランよりラクスだよね」
何と言っても彼女は甲斐性がある。アスランよりも幸せになれるだろう。
「と言っても、ラクスとも結婚する気はないけど」
ラクスと結婚するのはアスランでしょう? と続けた。
「そうですわね。わたくしもキラと結婚する気はありませんわ。お友達で十分」
アスランの背後からラクスの声が響いてくる。
「ラクス!」
「……どうしてここに」
慌てて振り向くアスランの目前にラクスの笑みがあった。
「お久しぶりですわ、キラ。このバカがお仕事のお邪魔をして申し訳ありません」
彼女はまず、キラに向かってこう言ってくる。
「……そうだね。しかも注目の的だし、後が面倒だよ」
レイがうまく言い訳をしておいてくれればいいが。心の中でそう呟く。
「ラクス! 俺はあなたと結婚するつもりは……」
「わたくし達の結婚は政治的な意味合いもあるのだと何度言えば理解してくださるのですか、あなたは」
じっくりと話し合いましょう。その言葉とともにラクスはアスランの耳をつまむ。
「ラクス!」
そのまま彼女は彼を引き寄せる。
「では、キラ。そのうち、ゆっくりとお話をしましょう」
「うん。またね」
キラが手を振ると同時に、ラクスがアスランを引っ張りながら歩き出す。
「本当、アスランったら、いつ、僕が男だと認識してくれるんだろう」
それを見送りながら、キラはこう呟く。
「一生無理だろう。あいつの頭には花が咲いているからな」
苦笑とともにカナードが声をかけてきた。
「いつ来たの?」
「ラクス・クラインが来た少し後だ。今日は出遅れたな」
次はないがな、と彼は続ける。
「でも、また来るよね、アスラン」
「来るだろうな。ラウさん当たりに頼んでオーブ勤務にでもしてもらうか?」
「……それはそれで問題を起こしそう」
でも、一番無難な方法かもしれない。
「まぁ、それがゆるされるのは平和だからだな」
カナードのこの言葉にキラは苦笑を浮かべる。戦時中でもそう変わらなかったような気がするのだ。
「確かに、突撃は少なかったかも」
それならば妥協するしかないのかな、と呟くキラの頭を、カナードが優しくなでてくれた。