周囲の様子から何が起きているのか、ラウには十分に推測ができた。
 治療も終わっているから、本来であればせめてブリッジに……と普段なら考えるところではある。しかし、今はそれができない。
「さて、どうしたものか」
 ここがバルトフェルド隊であり、同時にムウもいる以上、心配はいらないとわかっている。それでも、落ち着けないのはきっと、自分の中に《隊長》である部分がしっかりと根付いてしまったからではないだろうか。
 だが、今自分の側には守らなければいけない少女がいる。
「大丈夫だよ、キラ」
 言葉とともに彼女の髪にそうっと指を絡めた。記憶の中にあるあの人のそれとよく似た感触は、きちんと手入れをされているからだろうか。
「バルトフェルド隊長がどれだけ信頼できる人物か、そしてムウとカナードがどれだけ強いか、君がよく知っているだろう?」
 だから、何も心配はいらない、と付け加えながらそうっとその髪をすいてやる。
「わかっているけど……でも、恐い……」
 何があるか、わからないから……とキラは言葉を返してきた。
「パパも、父さんも……強かったのに……」
 それでも、と彼女が言葉を続けようとしなくても何を言いたいのかわかる。
「確かに、お二人とも強かったが……お二人とも軍人ではなかったからね……」
 だが、ムウもカナードも軍人としてきちんとした訓練を受けてきた。そして、その中でも超一流とランクづけられる人間になっている。だから、心配はいらない。
 キラの気持ちを落ち着けるようにムウは静かに言葉を重ねていく。
「それに、ここにはイザーク達がいるからね。彼らは私がしっかりと教育をしておいた。少なくとも、実力的には問題がない」
 性格的には難があるかもしれないが……と苦笑と共に付け加えたのは、アスランのことを思い出したからだ。
「……うん……」
 ラウの手の下でキラが小さく首を縦に振ってみせる。
 それでもまだ不安は消えないのだろう。彼女は顔を伏せたままだ。
 以前聞いていた話ではもう少しましになっていたようなのだが、とラウも眉を寄せた。
 あるいは、自分が目の前でケガをしてしまったからかもしれない。
 キラにとって親しいものが血を流しているという光景はようやく癒えてきた傷をまたこじ開けられるに等しいものなのだ。
 あの時は、それ以外にキラを守る方法がなかったとはいえ、自分の判断ミスだと言うことは否定できない。ラウはそう考えていた。
 同時に、アスランの愚行はやはり許せないと思う。
 そもそも、彼があのような行動に出なければキラの目の前でケガをするようなことにならなかったのではないか。
 そうは思うが、今更口にしてもしかたがないことだろう。
「……ねぇ、キラ」
 今まで黙っていたフレイが、ふっとあることに気が付いたと言うように口を挟んでくる。
「……何?」
 彼女の問いかけにもキラは顔を上げることはない。その事実に、フレイは微かに眉を寄せた。
「レイとあんたが兄弟だとは聞いていたけど大尉、じゃなくてフラガさんとそっちの隊長さんもそうなの?」
 人間関係がややこしいんだけど……と彼女は言葉を重ねてくる。
「兄弟、と言うのとは少し違うね。私とムウは、キラのご両親に引き取られたのだよ。レイは……もう少し事情が複雑になるが」
 レイは未熟児の状態で母親の胎内からこの世の中に生まれた、と思ってくれればいい。そんな彼の命を救ってくれたのがキラの実母である女性だ、とそう付け加える。
「私たちにとって、あの方が間違いなく《母》だった。そして、キラのお父さんもね」
 その研究をなかったことにした者達によって襲撃されるまでは……とラウは少しだけ苦々しいものを混ぜた口調で告げた。
「最年長のムウですら、まだ未成年だったのでね。流石に子供だけでは危険だ。それに、キラがその研究の鍵を持っていると信じている人間が多くいた。何よりも、レイには継続的な治療も必要だったのでね」
 自分とレイはプラントに渡ることになった。
 キラとカナードは君達も知っているように彼女の叔母である人が引き取ってくれたのだが……とラウはため息を吐く。
「あの男は自活すると言って出て行ったあげく、手っ取り早かったからと言って地球軍に入隊してくれたというわけだ」
 それを知ったのは、自分が軍に入った後だった……とラウは告げる。
「もっとも、今回のことでさっさと退役してくれてよかったよ」
 身を固めてもいいと思える相手にも巡り会ったようだしね……とさらに言葉を重ねたときだ。
「ムウ兄さん、結婚するの?」
 少しだけとはいえ顔を上げて、キラはこう問いかけてくる。
「本人だけがその気でも、相手がOKしてくれなければ意味はないがね」
 まぁ、多少は脈があるのだろうが……とラウは苦笑と共に告げた。
「どなたなんですか?」
 自分たちが知っている相手なのだろうか、とフレイが言外に問いかけてくる。
「多分知っているのではないかな? 足つきの艦長だった女性だそうだ」
 この言葉に二人とも目を輝かせた。
「ラミアス艦長なら、お似合いよね」
「そうだね。あの人は、僕たちにも普通に接してくれるし」
 それに、どこかママに似ている……とキラは呟くように口にする。
 きっと、それは顔が、ではないのだろう。
 キラの記憶の中にあるヴィアの言動と彼女のそれがよく似ていたのではないか。あるいは、ムウもそうなのかもしれない。
「なら、今度のことが終わったら、是非とも顔を見せて貰おう」
 その時にはイザークも連れて行かないとな。そう付け加えればキラは意味がわからないというように首をかしげてみせる。
「ムウと結婚すると言うことは、君だけではなくイザークの義姉になると言うことだろう?」
 だから、顔を見せておかないとね……と苦笑と共に告げた。
「私も、あの男のどこがよかったのかを尋ねたいしね」
 そう付け加えれば、キラが今までとは別の意味で不安そうな表情を作る。
「どうかしたのかね?」
「……兄さん、壊そうと思ってないよね?」
 二人の関係を……とキラはさらに言葉を重ねてきた。
「もちろんだよ」
 こう言いながらも、どうやらキラの気持ちを戦闘から引き離せたようだ、と思う。
 このまま全てが終わってくれればいい。そう願うラウだった。