キラの表情を見て、イザークに任せておけばいい……とカナードは判断をする。 「……いかなくていいのか、カガリ」 無駄とはわかっているが側にいた少女にこう声をかけてみた。 「あいつがいれば、キラは大丈夫だろう。それに、向こうにはレイもいるしな」 輸血用の血液の採取が終わればムウもこちらに来るだろう。だから、キラのことは心配はいらないと思う、と彼女は続ける。 その判断に関しては文句はない。 「あの野郎をぶん殴った後で、フレイも行ってくれると言っていたしな」 そうしてもらえればますます安心だ。 だから、さっさと出てくればいいものを。 こんなことを考えてしまうのは、結果として親しいものが傷つけられてしまったからだろうか。 自分では冷静でいるつもりでいたのだが、実はそうでないのかもしれない。だが、それは当然のことではないだろうか。 彼のせいでラウだけではなくキラまでもが傷ついてしまったのだ。 大切な身内を傷つけられる原因を作った相手に怒りを感じない人間がどれだけいるのか。第一、自分はそんな人間ではないとカナードは自覚している。 「……兄さん達が輸血のために血を抜かれているのはいいことかもしれないな」 少なくとも、ムウが本気を出せばお互い無事ではすまないだろう。はっきり言って、今の自分でも彼には勝てないように思うのだ。やはり、こう言うときには経験の方が重要なのかもしれない。 そんなことを考えていたときだ。両側をザフトの紅服に挟まれたアスランが姿を現す。 「と言うことで、準備はいいかな?」 その姿を確認すると同時にバルトフェルドがこういった。 「あの……」 何なのか、と少年の方が不審そうな表情でこう問いかけてくる。 「みんな、そいつがしでかしたことに怒ってるんだよ、ニコル」 その声はアスランの背後から響いてきた。いつの間にか、ディアッカはそこに移動していたらしい。それとも、それも含めてバルトフェルドの指示だったのか。 「……ディアッカ?」 いつの間に、と年上の方が驚いたように視線を彼に向けた。 「そいつってば、女の子に手を挙げたんだぜ。というので、バルトフェルド隊長公認で報復をすることになっただけだよ」 ついでにラクスさまがお小言をぶつけたいんだってさ……と彼は乾いた笑いを漏らす。 「……つまり、それだけ怒らせちまったんだな、お前は」 理由はわかっているよな、アスラン? と彼は問いかける。 「俺は、間違ったことはしていないと思っているが?」 それなのに、アスランはまだこんな世迷い言を口にしてくれた。と言うことは、本気で彼は自分が正しいと思っているというのか。 昔から思いこみが強い奴だとは思っていたが、ここまで悪化していたとは思わなかった。 それとも、とカナードは考え直す。 その事実を指摘していた自分と離れたからそうなってしまったのか。 だからといって、許せることと許せないことがあるというのは事実だ。 今度のことは、許せる範疇を超えている。 「なら、何故これだけの人間がお前に怒りを感じているんだ、アスラン」 その気持ちをストレートにぶつけた。 「……流石に、女性に暴力を振るったことに関してはまずかったかな、とは思いますが……それ以前に、あなたがキラのことで俺に隠し事をしていたという方が問題ではありませんか?」 やはり逆ギレに走ったか。 「キラが隊長を『兄』と読んでいることはもちろん、俺の知っているあなた方のご両親が実の親ではなかったとも知りませんでしたよ」 知っていれば、もう少し話が楽に進んだかもしれない。 アスランの言葉の裏には、キラをあの時プラントに連れて行こうとしていたという事実があるのだろう。 「そうして、キラも殺させた、と?」 反射的に、カナードはそう言い返す。 その瞬間、アスランだけではなく他の者達も息をのんだ。 「……キラの実の両親は、あるトラブルで殺されている。俺たちも、それに巻き込まれていたからな。だから、あえてその事実は伏せていた」 キラの性別もラウ達のこともそうだ、とカナードは告げる。 それだけで自分たちを特定できる要素が減った。別れることは悲しかったが安全を考えればしかたがないことだろう。それがわかっていたからこそ、レイもその事実を受け入れたのだ。 「キラの実の両親――俺たちの養父母であったその人達は優秀な研究者だった。その研究データーに関する鍵をキラが持っている。そう思っている人間がいる以上、あいつはずっと狙われ続けている」 パトリック・ザラもその中の一人だ、とカナードは吐き捨てる。 「父上が?」 信じられない、とアスランは目を丸くした。 「事実だ。だから、レノア様もキラのことをお前の父親に知らせていないはずだ」 それどころか、アスラン自身にも彼女は何も言っていない。 それがどうしてなのか、自分で考えてみろ! とカナードは言葉を投げつける。 「まぁ、お前には無理だろうな。無意識にキラの傷をこじ開けてくれている」 だからこそ、自分たちは何があってもアスランをキラの側に近づけたくなかったのだ。 「この三年間に少しでも変わっているか、と思ったが……違っただろう?」 変わっていれば、ラウが連絡を寄越していたはずだ。だから、とアスランをにらみつける。 「第一、オーブがお前とキラの仲を認めるわけがないだろうが!」 さらにカガリが口を挟んできた。 「お前の父は、ナチュラルと言うだけでオーブを否定してくれたからな!」 そのオーブの一員であるキラを渡せるか! という一言と共に彼女はアスランのボディへ一発、拳を入れる。 流石にそれは予想していなかったのか――それとも、カガリをただの少女だと思っていたのか――アスランは避けることもできなかったようだ。 「それでなくても、あんたなんかをキラに近づけるはずないでしょ!」 追い打ちをかけるようにフレイの手がアスランの頬にヒットする。 「いいこと! あんたは自分が恰好いいと思っているかもしれないけど、女の目から見たら、最低な男よ!」 あんたなんかと婚約していなければいけないラクスがかわいそうだ、と言いきったフレイに対して周囲から拍手がわき上がる。その中にラクスだけではなくアスランの仲間達の姿もあったことをどう判断すればいいのか。 それに関してだけは悩むしかない。 本人も少しは悩めばいいのに。そう思うカナードだった。 |