いきなり、デッキ内が騒がしくなる。
 その中に医療兵がいることに気が付いて、イザークは不安に襲われた。
「まさか、キラが?」
 アスランの目的が『キラと話をすること』であれば、その可能性は低いような気がする。それでも、あの自分勝手な男のことだ。万が一の時には彼女を見捨てる可能性がないとは言い切れない。
 だが、そうなったときにはただではすまさない。
 たとえどのような罰が待っていようと、アスランにそれなりの復讐をしてやる。
 もっとも、とイザークは自分に言い聞かせるように心の中で呟く。
 アイシャ達が向かったし、それ以前にラウ達が近くで輸送機を降りたと聞いている。彼らであれば、すぐキラ達の元にたどり着けたはずだ。
 そして、ラウがキラを見捨てるはずがない。
 だから、彼女は大丈夫だ。
 なら、あの医療兵は誰のために用意されているのか。
「……早く、戻ってこい……」
 そうして、自分を安心させて欲しい。
 それが自分だけに都合がいい考えだと言うこともわかっている。それでも、キラの安全を確認しなければ何もできないのだ。
「イザーク、落ち着け」
 キラちゃんは大丈夫だから、とディアッカが声をかけてくれる。
 しかし、それに言葉を返す余裕も今のイザークにはない。
「そうそう。キラ君は無事だから」
 だが、バルトフェルドの声が続いたことで、イザークは驚いたように視線を向けた。
「キラは、ですか?」
 ならば、誰がケガをしたのだろうか。アスランならば構わないが、他の誰かであれば困る。
 それ以上に、アスランであってもキラが悲しむのはわかりきっていた。
 しかし、キラに親しいかどうかで慰め方が変わってくるような気がする。
 そんなことを考えながら、イザークは聞き返した。
「君は察しが早くて助かるよ」
 小さなため息とともにバルトフェルドは呟く。
「ケガをしたのは、クルーゼ隊長だそうだ。キラ君をかばったらしい」
 しかし、この事態は予想していなかった……と顔をしかめる。
「傷の状況は……」
「腕を撃たれた、と言うことしかわからない。ただ、少なくとも話はできるようだね」
 意識がないという状況ではない、という言葉に取りあえず安心をした。
 しかし、キラはどうだろうか。
「と言うことで、君にはキラ君のことを優先して貰うことにして……アスランに関してはカナード君達に任せていいかな?」
 もっとも、君がどうしてもというのであれば役目を入れ替えるが……と彼はさらに言葉を重ねてきた。
「いえ、それで構いません」
 今、アスランの顔を見れば何をするか自分でもわからない。それくらいであれば、女性陣に任せておいた方がいいような気がする。
「代わりに、お前に任せるから」
 すぐ側にいたディアッカに向かってこう声をかけた。
「了解。女性陣の安全を確保しておけばいいわけだな」
「頼む。カナードさんがいるから心配はいらないと思うが……これ以上、キラを悲しませたくないからな」
 彼女たちがアスランのせいでケガをしたりすれば、間違いなくキラの心を追いつめかねない。
 カナードもその事実はわかっているはずだが、それでも、打てる手は打っておくべきだろう。
「キラ君にはアイシャも付けておこう」
 他にも、彼ら二人も行くから大丈夫だろうが……とバルトフェルドが口にした瞬間だ。アイシャが乗っていった装甲車がハッチから姿を現した。
「と言うことで、行こうか」
 言葉とともにバルトフェルドが歩き出す。その後を当然、イザーク達も付いていく。
 彼らがたどり着くのとタイミングを合わせたかのように中からキラとニコルに支えられたラウが姿を現す。出血が多かったのか、その顔色はよくない。だが、足取りは予想以上にしっかりとしていた。
 もっとも、それはキラがいるからやせ我慢をしているだけかもしれない。
「ストレッチャーを用意してあります。必要な検査も行いますので」
 そういいながら医療兵が声をかけている。その事実に、キラが不安そうな表情を浮かべた。
「大丈夫だよ、キラ。ムウ達が来ているのであれば、輸血用の血液が不足することはない」
 そんな彼女にラウがかける声がとても優しい。その事実に、ニコルが驚いたような表情を作った。
 きっと、隣でディアッカも同じような表情を作っているのではないだろうか。
 二人の関係を知らない者達にしてみればしかたがないのだろうな、とイザークは思う。
「キラ」
 それでも、少しでも早く彼女を安心させた方がいいだろう。そう考えてその名を呼んだ。
「イザーク……」
 ほっとしたような表情をキラが作ったように見えたのは気のせいだろうか。
「医務室の準備もできているそうだ。だから、何も心配はいらない」
 後は医師に任せろ、と付け加えれば彼女は小さく頷いてみせる。
「では、クルーゼ隊長はこちらへ」
 その後を医療兵が引き継ぐ。
「大丈夫だ、キラ」
 そのまま移動していくストレッチャーを見送っていくキラの耳元で、イザークは優しい口調で囁いてやる。
「駐屯地にいる医療兵はみな、経験が豊富だ。だから、隊長のことは心配いらない」
 どうしても不安ならば、医務室の前で待っているか? と問いかければ彼女は頷いてみせた。
「ニコル。お前はどうする?」
 彼女と同じくらい表情が強ばっている同僚に向けて声をかけてみる。その事実に、思い切り目を丸くされた。
「いやなら、無理にとは言わん」
 こう言い捨てると、キラを促して歩き出す。
「……アスランを見張っていた方がいいでしょうか……」
 そんな彼の背中にニコルのこんなセリフが追いかけてきた。