ラウが身に纏っている純白の軍服に赤黒いシミが広がっていく。それがどのような状況なのか、確認しなくてもわかってしまった。
 キラの脳裏に、思い出したくない過去の光景が映し出される。
 でも、と彼女は唇をかみしめた。今の自分は、あのころのように何もできない訳ではない。だから、と遠のきそうになる意識を無理矢理つなぎ止める。
「ラウ、兄さん……」
 それでも、唇から飛び出した声は自分でもはっきりとわかるくらい震えていた。
「大丈夫だ。だから、泣かなくていい」
 そんな彼女の耳に、優しい声が届く。しかし、それがいつもよりも弱々しいと感じるのはキラの錯覚ではないだろう。
「……兄さん……」
 何かをしなければいけないのに、何をすればいいのかがわからない。
「アスラン! 何してやがる!!」
 呆然としているキラの前で緑の制服を身に纏った青年がアスランを怒鳴りつけている。
「隊長……取りあえず、応急措置をさせてください」
 もう一人、イザークやアスランと同じ色の軍服を着た少年がこう言いながら近づいてきた。
「すみません。そのまま、隊長を支えていてくださいますか?」
 止血だけでもしてしまいますから、という彼にキラは小さく頷く。
 同時に、止血をしなければいけなかったんだ、とようやく思い出す。
「落ち着きなさい、キラ……」
 けがをしている自分の方が辛いはずなのに、ラウはあくまでも優しい口調でキラに言葉をかけてくる。
「あちらには、ムウもレイもいるのだろう? なら、足りない分の血はあの二人からもらえる」
 そうしたら、このくらいのけがはすぐに治るよ……と言われて、キラは頷いた。
「援護くらいしやがれ!」
 その間にも、青年はこう言いながら銃を撃っている。
「……できれば、一人ぐらい残しておけ」
 冷静な口調でラウが言葉を口にした。
「もうすぐ、バルトフェルド隊の方々も駆けつけてくださるだろうからな。当然、彼らも目的を知りたいだろう」
 同時に、どうやってこの場を特定したのかもな……と淡々と彼は言葉を重ねていく 口にしながら、ラウはケガをしていない方の腕でキラを引き寄せる。
「でも、それは君のせいではないよ」
 それだけは覚えておきなさい。そういわれても、素直に頷けないキラだった。

 ラウとキラのことが気にならない、と言えば嘘になる。
 だが、現状ではそちらに意識を向けているわけにはいかない。その事実も、わかっていた。
「いったい、何故……」
 こいつらは自分たちを襲って来たのか。
 その理由がわからない。
「俺たちを斥候と思っていたのか?」
 だとしても、ラウ達が出てくるまで攻撃をしかけてこなかったのはおかしいと思う。自分が気付かなかったという事実は取りあえず棚に上げておいても、だ。
「そんなこと、言っている場合か!」
 アスランの呟きが聞こえたのだろう。即座にミゲルがこう怒鳴りつけてくる。
「今は、あいつらを撃退する方が優先だろうが」
 下手に逃げられたら厄介だろうが、と彼はそうも付け加えた。
「そうですよ、アスラン!」
 さらにニコルまでもがこう言ってくる。
「優先順位を間違えないでください!」
 今しなければいけないのは目の前の敵を片づけて、民間人であるキラを守ることだ……と彼はさらに言葉を重ねた。
「そんなこと、わかっている!」
 アスランも即座に言い返す。
「なら、ちゃんと敵をねらえ!」
 キラ達に意識を向けても何にならないだろう、という言葉は正しいのだろう。それでも、視界の隅で親しげに寄り添っている二人を見ていれば冷静ではいられない。
 どうして、キラは彼を『兄』と呼ぶのか。
 キラの兄はカナードだけではなかったのか。
 いや、それだけではない。
 キラの本当の両親というのはいったい誰なのか。
 そして、その事実をイザークは知っているのだろうか。
 頭の中をあれこれ疑問が渦巻いている。そのせいで、どうしても戦闘に集中することができないのだ。
 それがどれだけ危険なことかはわかっている。
 ミゲルですら、集中力が一瞬とぎれたせいで格下の相手に損傷を与えられたことがあるのだ。
 このような銃撃戦であればなおさらだろう。
 それでも、だ。
「キラは、俺の……俺だけのものでなければいけないのに……」
 この呟きと共にアスランは引き金を引く。
 次の瞬間、目の前で地球軍の兵士が一人、何かにはじき飛ばされたように倒れた。