キラの言葉に、アスランは目をすがめる。 自分とキラが出逢ったは、確か幼年学校に入学するときだった。それよりも早くと言うことは可能なのか。 「嘘はやめておくんだ、キラ」 イザークをかばいたいのかもしれないが、と苦笑と共に付け加える。 「嘘じゃない。僕がイザークと会ったのは……四歳の誕生日のすぐ後だもん」 アスランと会ったのは、アスランの誕生日の少し前じゃないか……とキラは言い返してきた。 「だが、イザークは地球に降りたことはないはずだ」 キラ達は月に「地球から来た」と言っていたはず。それなのにどうやって出逢えたというのであろうか。 「……月にいく前に、僕たちは別のプラントにいたもの……」 そういう話をしたかったが、アスランは『興味ない』の一言で聞こうとしなかっただろう、と彼女はさらに言葉を重ねてきた。 確かに、そのようなことを言った記憶はある。 だが、それにはきちんとした理由があったのだ。 「……キラ……」 しかし、今のキラに何と言えばそれを納得させられるだろうか。 激昂しているキラは、自分の言葉を素直に聞いてくれないだろう。そう考えれば、いくら必要だったとはいえ、あの女を気絶させたのはまずかったかもしれない。 それでも、とアスランは心の中で呟く。あの女をキラの側に置いておきたくなかったのだ。 本音を言えば、カナードだろうと、キラの側にいて欲しくはない。 キラには、自分だけを見ていて欲しかった。でも、それではキラが窒息してしまうのではないか。そう考えて、家族ぐらいは妥協するようにしていただけだと言っていい。 「イザークは……ママと兄さん達のことを話ができる! 父さんと母さんのこともちゃんと聞いてくれるもの!」 アスランは、自分のことしか口にしない。 そんなアスランでも、友達なら構わないと思う。でも、それ以上の関係になれない、とキラはさらに付け加えた。 「……ママ?」 しかし、アスランにはこちらの方が気になる。まるでカリダの他にキラには母親がいたようではないか。 「アスランは、そんなこと聞きたくないんでしょ」 アスランが知らない人のことだから! とキラは叫び返す。 イザークにひかれる理由ならば自分だって気にかかる。しかし、キラの中では過去の自分が口にした言葉が予想以上にしこりとなっているようだ、とその事実に初めて気が付いた。 それでも、自分自身以外を見ないで欲しい、という気持ちも嘘ではない。 この二種類の感情にどう折り合いを付ければいいのか。 そんなことを心の中で呟いたときだ。 アスランの視界の隅で何かが動く。 同じようにキラも今までとは違う表情を浮かべた。 そのまま、彼女は何かを口にしようとするかのように唇を開く。しかし、キラの唇から声が飛び出すことはない。 「二人とも、伏せろ!」 聞き覚えがある声が耳に届く。 それで、自分たちに向かってきているのが仲間達なのだと認識できた。 しかし、どうして彼らがここにいるのかがわからない。 自分が放り出してきた作戦が終了したことも、味方には大きな損害が出ていないことも知っている。 しかし、まだまだあちらでの後始末が残っているはずだ。だから、ミゲルとニコルはともかく、ラウまでここに来ているとは思わなかった。 「キラ! いいこだから、伏せなさい」 しかも、彼の口からためらうことなくキラの名前が出る。 それはどうしてなのか。 「キラ、隊長と知り合いなのか?」 素直に彼の言葉に従おうとしていたキラの腕をとっさに掴むと、アスランはこう問いかける。その時にはもう、それ以外考えられなかったのだ。 自分が知らない人間がキラの心の中にいる。 あんなに側にいたのに、どうして……と考えれば、それだけで怒りがわいてきた。 もちろん、一番最初にその原因を作ったのは自分だ、と囁く声もあることは否定しない。しかし、それ以上に怒りの方が強かった。 「アスラン! 何をしているんですか!」 ニコルの声が耳に届いたような気もする。しかし、それに返事をすると言うことも思い浮かばない。 「キラ……ちゃんと話をしてくれ。今度は嫌がらずに聞くから」 だから、と彼女の顔をのぞき込みながら言葉を口にする。 「アスラン! 放して!!」 それに抗うようにキラがこう叫ぶ。 「そんなに、俺には話したくないの?」 そんなの許さない、とアスランがキラの腕を掴む指に力をこめたときだ。 「いい加減にしたまえ!」 いつの間にか歩み寄ってきていたラウの手が脇から伸びてくる。そして、アスランの手を強引にキラから放した。 「隊長!」 いったい何を! とアスランは彼に抗議をしようとする。 だが、その時、乾いた竹が爆ぜるような音が周囲に響く。 同時に、目の前の純白の布地が赤く染まっていった。 「ラウ兄さん!」 キラの悲鳴が空気を切り裂く。 「大丈夫だよ、キラ」 彼を支えようと焦っているキラに、ラウは優しい笑みを向けている。それにすらも怒りを感じてしまう自分に、アスランはここで初めて少しだけ恐怖を感じた。 |