「兄さん!」
 表情を強ばらせたまま、レイが飛び込んでくる。
「姉さんがいない! フレイさんは、気を失ったままベッドの上に……」
 自分が食事をもらいにいっている間に、とレイは鳴きそうな表情で言葉を重ねた。
「落ち着け」
 そんな彼の耳にムウの落ち着いた声が届く。
「フレイ嬢ちゃんにケガはないんだろう?」
 久々に直接耳にした長兄の声は、レイに冷静さを取り戻させる働きをしてくれていたようだ。
 もっとも、それは自分にしても同じ事だが……とカナードは心の中で付け加える。
「ならば、目的はあの子の命じゃない。第一、気が付いたらあの嬢ちゃんなら大騒ぎをするに決まっている。と言うことは、ばれても構わないと思っているってことじゃないか?」
 それよりも、と彼はバルトフェルドへと視線を向けた。
「例のこまった坊主の居場所はわかるか?」
 ほぼ同年代だから、だろう。そんな彼の言葉にもバルトフェルドは気を悪くする様子は見せない。
「鷹さんは、あれが犯人だと思っているのかね?」
 それでも、相手の技量を確認するかのようにこう問いかけてくる。
「それしかいないだろう。少なくとも、虎さんがここに地球軍の侵入を許すとは思えない」
 オーブの軍人達ですら、バルトフェルドの監視下にあるだろう? と彼は逆に聞き返した。
「……本当なのですか?」
 これに驚いたように口を開いたのはトダカだ。
「しかたがないな。俺たちは、ここではイレギュラーな存在だ。そちらさんとしては監視を強めるのが当然、と言うものだろう」
 特に、自分は元地球軍だしな……とムウは苦笑と共に付け加える。見張るのが当然でしょう、とも。
「理解していてくれるとありがたいね」
 事情が事情だからしかたがないとはわかっていても、部下達が納得してくれないから……とバルトフェルドは苦笑と共に口にする。
「……隊長……」
 その時だ。不意にダコスタの声が彼らの間に割って入ってきた。
「何だね?」
「アスラン・ザラですが、少なくとも指示された待機場所にはいないようです。現在、レセップス内を確認中ですが……ジープが一台、所在不明だそうですので……」
 あるいは、と言われなくても状況が飲み込める。
「……本当に、こまったものだね」
 アスランから目を離したのは、本当に一瞬だったのだ。その隙を見逃さずに行動に出たのは、彼が優秀な証拠なのだろうか。
 だからといって、認められることと認められないことがある。
 そもそも、自分は彼をキラの側に近づけるつもりはなかったのだ。
「カナード」
 そんなことを考えていた彼の耳にムウの声が届く。
「何でしょうか」
 その口調があくまでもいつも通りだからこそ恐い。そう思っているのは、間違いなく自分とレイだけだろう。
「キラはまだ、あれを持っているのか?」
「エマージェンシー・コールならば、持っています」
 だから、キラがその存在を思い出せば居場所の特定は可能だ。そうも付け加える。
 逆説的にいれば、キラがその存在を思い出さなければ自分たちからは調べる手だてがないと言うことだ。
 こうなるとわかっていたならば、位置特定のための何かを持たせておくべきだったのかもしれない。
 もっとも、今口にしても意味はないことではあるが。
「……なら、大丈夫だ、と思いたいがな」
 アスランの目的はキラを傷つけることではないだろうから、と彼は苦笑を浮かべる。
「もっとも、イザークが大人しくしているかどうか、という別問題はあるがな」
 同時に、どこに姿を消したかもわからない地球軍の動きも気にかかる……と彼は続けた。
「やっぱり、うちのジープの位置を確認した方が確実だね」
 GPSを積んであるから、現在位置の特定は可能だろう。バルトフェルドがこう口を挟んでくる。
「居場所さえわかれば、すぐに行動に移れるだろう」
 もっとも、行動するのは自分たちがメインになるだろうが……と彼は小さな苦笑を浮かべた。
「アイシャがその気だからね。彼が無事で戻ってくるかどうかはわからないよ」
 彼女は強いからね、と付け加えられた言葉に、その場にいた誰も苦笑を浮かべる。もっとも、自分たちとバルトフェルド達の間には認識に差があるだろうと言うこともわかっていた。
「イザーク君には、取りあえず内緒にしておいた方がいいだろうが……」
 彼にまで勝手な行動を取られれば、こちらの体制が整わない。
 しかし、既に遅いような気もするのだが、と彼はさりげなく付け加える。そのまま視線をレイへと向けた。
「……レイ?」
 そんな彼の視線に、レイは小さく肩をすくめている。
「……すみません……」
 多分、ばれていると思う。レイは小さな声で言葉を口にする。
「彼にしてみれば、大切なキラ君の居場所を探す方が優先だったのだろうからね。しかたがあるまい」
 そんなレイをバルトフェルドがフォローをしてくれた。
「確かにな」
 それに関しては、自分も何も言うつもりはない……とムウも頷く。
「取りあえず、彼にもこちらに来てもらおうか」
 アイシャ? と彼は付け加える。
「出かけてくるわ。装甲車を借りるわね」
 それだけで彼女には十分だったらしい。この一言と共に行動を開始した。
「俺もいきます」
 こちらに関してはムウ達に任せておけばいい。だから、とカナードも口を開く。
「わかった。あぁ、あいつにも連絡は入れておくからな」
 ムウのこのセリフが許可の合図だった。