先遣隊が地球軍と接触をしたと連絡があったのはそれからすぐのことだった。
「……取りあえず、MSはまだ出てきていないそうです!」
 それどころか機影も確認できていない。この言葉にバルトフェルドが眉を寄せたのがわかった。
「……敵も、部隊を二つにわけたのか?」
 だとするならば、先遣隊が接触をしたのは陽動隊と言うことか。
「だとするなら、本隊はいつどこで別れた?」
 それとも、とカナードは顔をしかめる。
「最初から、監視対象が間違っていたのか?」
 ムウ達が追いかけていた隊とバルトフェルドの斥候が監視していた隊。それが違っていたのであれば、現状も納得できる。
 それならば、ムウ達はどこにいるのか。
「その可能性はあるね」
 失敗したな……とバルトフェルドもうめくように口にする。
「端末を借りて構わないか?」
 自分たちは相手を見失ったが、ムウ達はそうではないだろう。だから、彼らの位置を確認できれば敵の位置も判別するのではないか。
「それは構わないが……大丈夫かね?」
 言外に『使えるのか』と彼は聞いてくる。
「心配するな。地球軍には悟られぬようにする」
 それを別の意味に受け取ったようにこう言い返す。
 何故自分がこう言ったのか。意図が伝わったのか、彼は一瞬だけ目を丸くする。
「では、頼むよ」
 しかし、すぐに彼はこう言って笑った。この察しの良さはありがたいな、と心の中で頷きながら視線を、彼の隣にいる副官へと向ける。
「こちらへ」
 即座に彼はカナードを導く。
「すまない」
 それにしても厄介なことになった。
 今、急襲されればまだ体制が整っていないこちらの方が振りではないだろうか。
「……あいつが何とかするか」
 こちらの体制が整うまで、イザークが何とかするだろう。ここにキラがいるから、実力以上の活躍をするのではないか。
 いや、そうでなければ今からでもあの二人の中を邪魔してやろう。
 ある意味、そんな風に無責任なことを考えていた。

 周囲に剣呑な空気が漂い出す。
「……戦闘が、始まるんだね……」
 戦場の空気を一度認識すれば、この程度ぐらいのことはすぐに認識できるようになってしまう。それがいいことなのかどうなのかは、キラには判断ができない。
「大丈夫よ。アンディは強いから」
 アイシャがこう言ってくれる。
「私をまだ呼びに来ないって言うことは、こちらが有利だということよ」
 状況が悪化すれば、バルトフェルドは自分で出ようとするだろう。しかし、彼のMSはあまりにもあれこれ強化しすぎているために一人では操縦することが不可能だから、と彼女はさらに言葉を重ねた。
「それに、ここにはイザーク君もカナード君もいるわ」
 他の者達にしても、バルトフェルドが一から鍛え上げた者達だ。だから、何も心配はいらない。
 そういってくれる気持ちはわかる。
 しかし、どうしても不安が消せないのだ。
「……端末、お借りしても構いませんか?」
 普段であれば、自分からこのような行動を提案することはない。しかし、この不安のせいかのか、心のどこかで『そうしろ』と囁く声がするのだ。
「キラ?」
 自分が何をしようとしているのかわかったのは、付き合いが長いフレイだけらしい。慌てたように声をかけてくる。
「……大丈夫。調べるだけ」
 情報がつかめれば安心できるから、と付け加えれば、フレイはしかたがないというようにため息を吐いてみせた。それでも邪魔をしようとはしてこない。
「何をするつもりなんだ、キラ」
 だが、他の者達には当然わからない。どこか興味津々と言った様子でカガリが問いかけてきた。
「地球軍のマザーにでもハッキングをしかけようかと」
 あそこならば、地球軍の情報は全部あるはずだから……とさりげなく付け加える。
「キラ、お前な!」
「大丈夫よ。その子、いつもやっていたから」
 慌てたように声を上げるカガリに向かってフレイがさらりとこんなセリフを投げかけた。
「ついでに、一度もばれたことがないわ」
 この言葉に、カガリだけではなく他の者達も言葉を失っている。
「……色々、調べたいことがあったから……」
 一番知りたかったのは離れている兄たちのことだ、と言うことはあえて口にしない。というよりも、その余裕がないと言うべきか。
 ザフトの回線から直接侵入するわけにはいかない以上、今までよりも複雑な経路を通ってアクセスしなければいけないのだ。
 それでもそれほど苦ではないのは、キラ自身の技量が卓越したものだからなのだろうか。
 よどみなく指がキーボードを叩いていく。
「……入れた……」
 小さな声で、こう呟いた。
 気が付けば他の者達も興味津々というようにキラの手元をのぞき込んでいる。
 それに気付きながらも、キラは目的の情報を探してファイルを検索していく。だが、その動きが不意に止まった。
「……何、これ……」
 フレイが小さな呟きを漏らす。しかし、それに対する答えを誰も持っていなかった。