「……まったく、あいつも周囲の空気を読めばいいのに」 とげとげしい空気を周囲に振りまいているアスランを横目に、ディアッカは思わずため息を吐いてしまう。 他の者達は彼のせいで、完全に《貧乏くじ》をひいたと思っているようだ。 それに関しては自分も少しだけそんなことを考えてしまう、と言うことも事実。しかし、自分がここで彼を見張っていなければ何をしでかすかわからない、と言うことも事実なのだ。 「まぁ、俺がどちらを優先するか、なんて決まり切っていることだけどな」 アスランとイザークであれば、と彼は小さな声で呟く。 「それに、可愛いキラちゃんもどちらを選ぶかを決めているようだし」 何よりも、あの二人がゆっくりとお互いの距離を縮めていくのを見ているのが楽しいのだ。 特に、イザークの普段の様子からは信じられない初々しさは見ている方が気恥ずかしくなってくるほどである。 同時に、彼にあのような表情ができるなんて知らなかった。 「それなりに、長い付き合いだったんだけどな」 あるいは、側に《キラ》がいなかったからなのか。 おそらくそうだろうな……と思う。 そして、アスランにとってもキラは大切な存在だったのだろう、と言うことは想像ができる。 キラの性格が、自分たちのような立場の人間にとってどれだけ救いになるか。一緒に過ごしてみて十分理解できたのだ。 だからこそ、アスランが容易にあきらめないだろうと言うことも想像が付く。 「あいつが、あそこまで思いこみが強い性格だとは思わなかったしな」 それが悪いとは言ない。 だが、とディアッカはまたため息を吐く。 そのために誰かが不幸になるとするならば話は別だ。 「どう考えても、あいつの思いこみに付き合えばイザークのお姫様は幸せになれそうにないからな」 それだけならばまだしも、最悪、プラントとオーブの対立へとつながりかねない。そこまで行かなくても、ジュールとザラの対立が始まることは簡単に想像が付く。 その時、エルスマンはどちらに付くんだろうな……と己の父の顔を思い浮かべながらディアッカは心の中で呟いた。 「まぁ、親父の立場なんて、俺には関係ないからな」 それよりも腐れ縁のイザークと可愛いキラの方が自分にとっては重要だ。 「まぁ、その前にあいつが諦めてくれれば一番簡単なんだが」 それが一番むずかしそうだ。こう呟くと同時に、またため息が漏れてしまった。 アスランの態度に反感を隠せないのだろう。 「……本当に、あれがキラの幼なじみでラクスの婚約者なの?」 フレイがその瞳に怒りを色濃く映し出しながらこう口にした。 「間違いなく、わたくしの婚約者ですわ」 国が定めた、とラクスは言葉を返す。 「好き嫌い、で決めたわけではありませんの」 この言葉にフレイは思いきり顔をしかめる。 「ですが……今回のことで、わたくしも少し考えを改めなければいけませんわね」 婚約を解消することはできないだろう。自分たちのそれは、個人の思惑を超えたところで決定されたものだからだ。 それでも――いや、それだからこそ、自分ができることがあるはずだ……とラクスは思う。 「キラもキラよ。あいつ以外の友達を作ればよかったのに!」 あんなのが親友? と言われて、キラは少し困ったような表情を作った。 「……僕、月にいた頃は友達いなかったから……」 仲良くなれそうだと思っても、すぐに嫌われたんだよね……とその表情のまま彼女は言葉を重ねてくる。その瞬間、フレイが渋面を作った。あるいは、自分も同じような表情を浮かべていたのかもしれない。 「だから、ヘリオポリスにいってから、みんなが友達になってくれたのがとても嬉しかったんだ」 その言葉は嘘ではないのだろう。 「何いっているのよ、キラは!」 キラと友達になりたがっている人間はたくさんいたのよ! といいながら、フレイは彼女に抱きついている。 「そうなの?」 「そうよ! でも、中には邪な理由でそういっている連中もいるから、あたしたちが邪魔していてただけ!」 そういう連中以外はみんな、キラと自由に話をさせていたわ……とフレイはそうも付け加えた。 「そうだね。そういわれてみれば、トールやサイが邪魔していたのは数人だけだ」 他の人たちとは普通に話をしていたけど、でも友達と言うところまではいかなかったな……とキラは首をかしげてみせる。 「その人達は、知人にはなれたけど、キラの友達にはなれなかったのよ」 でも、その選択肢はあくまでもお互いが持っていなければいけない……とフレイはさらに言葉を重ねている。 しかし、キラにはその言葉の意味がわからないようだ。 それはきっと、それだけアスランが慎重に立ち回ったと言うことだろう。 だからこそ、アスランのしていることが許せないとラクスは考えている。 その努力をもっと別のことに使えばよかったのだ。そうすれば、少なくともキラだけではなくカナードの信頼は得られただろう。 だから、現状は彼が招いたことだ。 同じように、キラの元に人々が集まっているのは彼女が努力をしたからであろう。それを邪魔する権利はアスランにはない。 「本当に馬鹿な人」 ラクスは小さな声でこう呟く。 「……ラクスさん?」 それが耳に届いたのだろうか。「何か言った?」とキラが問いかけてくる。 「本当に仲がよろしいですわね、とちょっとうらやましくなっただけですわ」 微笑みをと共にラクスはこんな言葉を返す。 「なら、混ざる?」 フレイが笑顔と共に彼女を手招いた。そういってくれるのが嬉しいと思う。 「では、遠慮なく」 すっと立ち上がるとラクスは二人の側に歩み寄る。そのままキラの体を抱きしめた。 その体がまた細くなったような気がするのは錯覚だろうか。 でも、これ以上彼女が傷つかずにすむように自分が守る。ラクスは心の中でそう決意をしていた。 数分後、部屋に顔を出したカガリも加わったことは言うまでもないことだろう。 |